峠のブログ
こんなはずじゃなかった
2009-06-28-Sun  CATEGORY:
ネット注文の欠点として実物を見れないってのがあって、オレの場合洋書(画集、写真集、マンガ)なんだけど、一応サイトとか出版元とか画像検索はするんですよ。で、内容の確認がある程度取れた時点で注文する。しかしそれでも失敗するんだよなー(笑)

左から「Chicana and Chicano Art」と 「Holy Sh*t! 」。
右は大きさの比較のために置いたフィリップ・グラスのCD「Music with changing parts」 (ノンサッチ盤じゃなくてグラスのレーベルから発売されたもの。アイスブレーカーがライブ演奏している。いずれレビューします)
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「Chicana and Chicano Art」はメキシコ系アメリカアートの画集だと思って注文したら、普通の読み物でした。アリゾナ大学出版なのでもしかしたら学生の教科書としても使われてるのかも。
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作品もいくつか載ってるんけど、モノクロじゃなー。
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誰か日本語版出してちょー。
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もう一つ失敗したのが「Holy Sh*t!   The world's weirdest comic books」。訳せば「サイテー! 世界一のイカレ漫画」ってとこか。で、オレはオムニバス漫画集だと思って注文したんだけど、ブブー、はずれ。こんなイカレた漫画があるよと紹介してるガイド本だった。『トンデモ本の〜』みたいな感じ。

これはエロそう。
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漫画のあらすじ、出版年、作者、画家、などの情報はきちんと載っているが、いかんせん古い物が多い。ちなみにこの「Brain boy」(36ページ)は1963年出版だって。アメリカって薄いパンフレットみたいな版型で出版されるのが多いみたいだ(で、シリーズだと後に一冊にまとまったりする)。
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これは確かにサイテー(笑)。「不具者愛」ですか。発売が1975年。値段が2ドル! あ、ドクロマークにLast Gaspって書いてる。今じゃ、サブカル方面で超有名な出版社兼配給会社だ。
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猫、かわいい。
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主人公はレーガン大統領!ちょっと見づらいかもしれないが、各左ページ下には漫画の構成要素が数値化されていて、この「レーガン・レイダース」の場合
世界の指導者22 スーパーヒーロー16 ベトナム78
だそうです。
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みんなもネット注文するときは気をつけよう!
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「丹沢恵三」にピンと来たらエロ漫画オタク
2009-06-21-Sun  CATEGORY: 未分類
インディーズ(=投稿)界の生ける伝説三峯徹(丹沢恵三)は今月も元気だ。

例えばポプリクラブの2009年7月号
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やはり載っておられました。
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二枚も! 「慢」を書き間違えたのか、左にずれている(笑)。
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三峯徹本人もカキコするファンサイトはこちら
09.05.11の掲示板によると
明日で、美少女本投稿歴21年目(20周年)になります。これからも無理せずに投稿したいですね。――三峰徹」

すげー。
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小ネタ
2009-06-20-Sat  CATEGORY: 雑談
古本屋で「世界の歴史22 ロシアの革命」松田道雄(河出文庫)を買ったら
しおりらしきものとレシートが入っていた。
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何を買ったのだろう?ロシア語読めない。
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次はオークションサイトに出品されていた掛け軸。めちゃカワイイ。確か箱に入ってて箱には「猫と牡丹」だったかな、と書かれていたがその写真は取り忘れた。

洋猫と薔薇という絵がいい。
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作家名らしいが読めない。この人の作品をウェブで公開している所があったら教えてください。
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これはとあるブログから取った物。ゴジラシールさいこ〜。欲しいです。
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ゴジラのテーマ曲といえば、故伊福部昭大先生ですね。
サイトはこちら。リンクする場合は御一報をと書かれてたので直リンクしません。
http://ifukube-official.kifu.officelive.com/default.aspx
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小説「デリヘルDJ五所川原」 ハル吉著
2009-06-14-Sun  CATEGORY:
一番入賞しそうなところ二箇所に応募したがダメだったのでもう送る先がありません。よってここに公開します。Web本の体裁にしたのはこちらにアップしてきます。文字の自動リンク機能がないらしく片ページずつペーストしていくので時間がかります。ではごゆっくり。

「デリヘルDJ五所川原」
               三上ハル吉
         1
 世界中の野外イベントやクラブをツアーし、帰国してミックスCDやソロアルバムを出したら、また海外ツアー。あぁ人気DJは辛いねぇ……
 と言える日はいつになるんだろう。今はまだ、電話一本でホテルや自宅或いは小さなパーティなんかへ出張してレコードを回すドサ回りDJだ。トム・クルーズになるはずだったのに、どこで間違ったかアダルトビデオのセックスしないブッカケ専門男優(通称シルダン)になってたよ、みたいな。全米制覇のはずがやっとアメリカ村あたりまで来ましたって感じか。
 あ、まだ名乗ってなかったな、耳と心に健康をお届けする、真の意味でのデリバリー・ヘルス。デリヘルDJ五所川原、あだ名はゴッシー、YOROSIKU。
 職業はもちろんDJ、と言いたい所だが残念。普段は引越しのアルバイトで生計を立ててる。日払いなんで割りと自由というか生活は苦しいというか、まぁ、そんなとこだ。引越し会社がリストラしたとかで、少し前からバイトが減っちゃってさ、時間の空いてる時は渋谷に有るうちの店「アナ専門メチャまわし学園」に顔を出して客待ちもしてる。システムは御一人様九〇分千五百円、三名〜九名まで四千円、それ以上は人数×六百円、交通費別。派遣先にDJ機材がある場合は二百円引きで百名以上は五万円ポッキリ。まぁしかしそういう事はほとんど無い。機材を揃えてる店はレジデントつまり常駐のDJがいたり、集客が百名以上もあるハコは名のあるDJで客を集めるからこっちに電話してこない。逆に電話してくるのは機材を持たない個人やオフ会だな。だから「メチャ学」DJは全員、スピーカー付きのポータブルアナログプレイヤーを持っているんだ。これ一台有ればレコードを直で鳴らせるし、二台有れば、まぁDJミックスっぽいこともできる。本当はミキサーが必要だけど、そうすると外部アンプに外部スピーカーも必要になるからね。それまで持ったら重くて出張は出来ない。
 うちの店は京王線渋谷駅西口を出て居酒屋がごちゃごちゃと並ぶ細い路地の先、ハチコービルの6階にある。と言っても無店舗営業だから狭い事務所があるだけだ。マスターが電話受付しながら客の好みを聞いて、集まってる俺たちの誰かを派遣するんだ。
 
 引越しのバイトを終えた夕方、俺は「アナ専門メチャまわし学園」へ向かった。ちなみにアナ専門ってのはアナログレコード専門の略だ。平成生まれの読者には説明が必要かもしれないが、まぁCDになる前の規格って言うか、今は一部のジャンルを除いてほとんど生産されてない形態だ。マスターに挨拶を済ませ中に入ると、既にDJ仲間が四、五人待機していた。十二畳位の部屋で壁は全てレコード棚になっていて、基本的なジャンルと定番LPなんかは揃っている。色んな客のリクエストに答えなきゃならん商売だから、自分で持ってないのはここから借りたり、仕事が無い時にはかけて遊んだりもできる。よう、元気などと声を交わしオレはソファに座り、DJ達と雑談を始めた。
 トゥルルル……トゥルルル……
 マスターのケータイが鳴る。
「はい、メチャまわし学園です」陽気な声で応対するマスター。
「ええ、多様なDJをご用意させて頂いてますが、どのようなジャンルを」
「えぇ、はい? ノイズ? それジャンルですか? いや、そういうのはチョット……」
 一瞬耳を疑った、ノイズ! 急いで立ち上がり、マスターに大きく手を振る。
「あ、少々お待ちいただけますか」とマスターは保留ボタンを押して
「ゴッシー、何? イケルの?」
 俺は大きく頷いた。
「もしもしお待たせしました。ええもちろんご用意しております! うちのお店に不可能はございません! それでは派遣いたしますが、どちらへ? ええ、ご自宅で。住所お願いします。はい、センダガヤ二ノ五ノ三、ケヤキハイツ二〇三ですね。十五分程度で伺います」マスターは電話に不要な営業スマイルを浮かべ電話を切った。
「ゴッシー、まじでイケルの。レコードある? 俺もうこの仕事八年ぐらいになるけど、初めて聞いたよ、そういうジャンルがあるって。ノイズって何? 音楽?」
「そういうのあるんすよ」と俺はロッカーからポータブルプレイヤー二台とレコードを詰めたバッグを引き出しながら
「一口にノイズって言っても結構幅広くて説明し辛いんでー。まぁ例えるなら、産業廃棄物解体工場の音って感じですかねー。ガシャーンドガガガズゴゴゴビシャーッみたいな。で、そういう騒音ばっかり入ってるLPとかEPがあるんすよ」
「あーそー、昔あったスーパーカーとか単車の排気音レコードみたいなの?」
「え、いや、そういうのあるんすか」
「うん、むか〜しね。まぁいいや。住所プリントアウトしといたからすぐ行ってくれる」とマスターはモノクロで出したB5の紙を差し出した。
「マスター、地図はカラーで出してよ〜。オレ方向音痴なんだからさー」
「うるさいよ。早く行けっての。お客さんとこ着いたら電話入れろよ」
「へーい。じゃ、行ってきます」と機材を持っち、事務所を出て渋谷駅に向かった。

 ■代々木駅で降り、■踏み切りを越え、■ギャラリーや共産党本部ビルが並ぶ通りを抜け、■交差点を渡って左手前の細い道、■左手三軒目。あった。ありました。ありまくりまくりすてぃーケヤキハイツ。階段上がって二〇三と。ホント、体内にカーナビ埋め込みたいよ。インターホンを押す。
「……はい……」
「メチャまわし学園ですー」
「あー鍵かかってないから入って」
 ガチャッとドアを開けて入る。台所とユニットバスが左右にある普通のワンルームだ。一旦ポータブルプレイヤーとレコードバッグを下に置き、靴を脱ぎ、失礼しま〜すと言いながら奥の部屋に入った。両サイドにレコード棚五段積み、正面奥右手にはCD棚が天井まで届きパンパンに入っている。奥左手には男が椅子に座りこちらに背を向けパソコンに向かっている。
「お待たせしました。メチャまわし学園のゴッシーです……」
グルンッと椅子を回転させ、男は立ち上がった。中肉中背、いや、大肉中背、肥満体型の四十歳ってとこだ。死体写真をあしらった黒いTシャツに肩まで伸びたぐしゃぐしゃの髪。その髪をペイズリー柄のバンダナで巻いている。
「あ、どうも。千五百円だよね」とケミカルウォッシュ・ジーンズのポケットから小銭を取り出し
「はい。じゃあ、やってくれるかな」
 ……久しぶりに見たな、こういうジーンズ。
「あー、おたくさあ、今このジーンズ見てニヤッとしたでしょ。バカにしたでしょ。俺これが好きなの。流行らないからってはかなくなるような人達と一緒にしないで欲しいな。俺これ自分でブリーチしたんだから。見てよほら、タグ、リーバイスでしょ。普通売ってないよ、リーバイスのケミカルウォッシュ。自分でやるの大変よ。そんな事より、さぁやってやって。ちょっと仕事するから、かまわず回してくれるかな」と男はまた椅子に座り直しこちらに背を向けパソコンをカタカタ打ち始めた。
 あ、電話忘れてた。急いで事務所にかける。
「はい、今入りました」
 ケータイをしまい
「えーっとコンセントお借りしますね」と床に置いたポータブルアナログプレイヤー、ハンディトラックス二台にアダプターを差込み、上蓋を外す。
 さてと、まずはスローな曲で行きますか。ステーキをフライパンでじっくり焼いてる音をそのまま録音したシングル盤ヘンリケ・ストイコネン「music for hungry people」だ。A面もB面もほとんど同じ、パチパチジリジリ鳴ってるだけだけど、いいんだよね、これ。限定三〇枚のレアものだから日本で持ってるのオレだけのはず。
「あーいーねー。今B面かけてるでしょ」と男は振り向きもせず背中越しに言った。
 ん? いや確かA面のはず、とシングルに視線を落とすと、B sideの文字が回っている。うっかり裏面からかけてしまったらしい。
「よく分かりましたね。いやー凄いな。僕もこの業界長いですけど初めてですよ、ズバリ言い当てた人は」とヨイショもこの職業には必要だ。
 男はグルッと椅子を回転させ体をこっちに向け、ニコニコとしゃべりだした。
「やっぱレコードはいいよね。そのシングル、俺も持ってんの。B面の方がね、パチパチ鳴る間隔が微妙に遅いんだよ。でさ、リミテッド三十だったけど最初の三枚だけ色違いのカラービニールなの知ってる? 赤と青は手に入れたんだけど、あと一枚、黄色だけがまだ持ってないんだよねー。海外のオークションサイトでも高くてさ。カラービニールは一枚ずつしかないから、買った人が売りに出して、それを買った人がまた売りに出してって感じで土地転がしみたいに値段が倍々ゲームになっててさ。さすがに千ドル越えるとなぁ。だって元が五ドルだよ。うーん……ボーナス出たら買うか……」
「ボーナスいいですね。どちらにお勤めなんですか?」
「お勤め? 俺が働いてるわけないだろ! 仕送りだよ。ニートだよニ・イ・ト、今流行りの。しょうがないだろ、こっちは働く気があっても世間様が雇う気無ぇってんだからよ」
 いきなりキレ気味の男に気圧されながら、
「あ、あのでも今、ボーナスって……」
「毎月の仕送り十五万だけじゃ苦しいんだよ、だから親に頼んで年二回だけ増額してもらってんの。あ〜あ、理解の有る親を持って幸せだよ。ニート万歳。TVヒョーロンカがよ、社会と関われとか現実を見ろとか言ってんだろ、バカか。俺らを社会から締め出してるのはオマエらだろ、その現実をしっかり見てるからこうしてニートするしかないって結論になるんだ。社会と関わらない事でどんだけ社会に貢献してるか分かってんのかね。あんたも親に仕送り頼めば」
「両親死んでるんで」
「あ、そう。よかったじゃん。こっちなんか[親孝行したくないのに親が居る]だぜ、まったく。」
 ……チリチリ……パチッ…ジュー……ジュゥゥゥ
 レコードが回り、針飛びしてるような音がスピーカーから聞こえる。肉が焼ける音をレコード化するって頭オカシイよな、絶対。
 一息ついた男は椅子から立ち上がりレコード棚をゴソゴソする。さっきは背もたれで隠れてたけど、男のTシャツはバックプリントも死体写真だ。内臓出てんなー。
「そうそう、取って置きの秘密を君に教えよう。さっき話したシングルの赤盤と青盤なんだけどさ、どうもミックスが違うみたいなんだ。え〜っと、確かこの棚に入れといたと……あ、あったあった」
 男は赤いシングルをこちらに差し出した。
「そっちのさ、空いてるプレーヤーでかけてくれる。君の黒盤と同時に回せばさ、違いがハッキリ分かるから」
 オレは赤盤を右側にセットし二台同時に針を落とす。クルクル回り音が出始めた。……パチパチッ……ジュウゥゥ……チリチリ……。全く同じだ。肉の焼ける音がステレオで室内に響く。
「ほらほら、やっぱ違うでしょ。おたくの黒盤と違って、赤盤の方がさ、少し暖かい音っていうのかな、なんかちょっと熱いっていうか。な、だろ?」
 ……残念だが左右とも全く同じ音だ。しかしこちらも客商売、
「あー、確かに違いますね。いやーミックス違いが聞けるなんてオレ、ラッキーですね」
 男は気を良くしたのかレコード棚から今度は青盤を取り出し
「ほら、じゃこっちも聞かせようか。ト・ク・ベ・ツにな。さぁ、かけて。こっちも音が違うんだよ」
 赤盤を返し青盤をセットし再度針を同時に落とす。……もう一度言おう、同じだ。全く同じ音が左右から流れている。第一、三〇枚しか作らなかったシングルのそのうち三つだけ録音を変えるはずが無い。
 しかし男は目を輝かせて
「ほら、こっちはさ、なんて言うの。寒いような冷たいような音だろ。やっぱストイコネンはさぁ、ミックス変えてんだよ」
 ……それただ単に色の印象だろって内心ツッコミながらもオレは笑顔で答えた。
「そうですね。なんか音違いますね。こうなると残りの黄色盤も欲しくなりますね」
「やっぱ……ボーナスかな……。あ、いかんいかん、仕事すんの忘れてた。じゃ残りの時間DJよろしく」と椅子にドスッと座るとグルッと回りこちらに背中を向けパソコンをカタカタ叩き始めた。
 その後も俺は二台のプレイヤーを上手く使い、音を重ねるようにしてノンストップで色々かけたが、レコードが替わる度にこの男は「おー、虐殺雄奴隷の『アナル・メディテーション』いーねー」だとか、
「何度聞いても壷焼きデパートメントの『鯨&鶏パート2』はサイコーだよねー」とか振り向きもせず全て言い当てた。メロディもサビもリズムすら無い荒涼としたデスノイズばかりだったのに。
「では時間になりましたので終了します」
 と声をかけ、レコードを袋に戻し、プレイヤーに蓋をして、後片付けを始めた。男はパソコンに向かったまま振り返る様子も無い。俺は立ち上がり玄関へと向かった。
 機材を下に置き靴を履いていると部屋から男がやってきた。
「今日は有難う。久しぶりだな〜こんなに人と話たの」
 え、正味三十分も話してないはず。
 男は続けた、
「数年前まではさ、ノイズの専門店があって、そこで会う他のお客さんと二、三、言葉を交わすのがとても楽しみだったんだけど、閉店しちゃってさ」
「でも、最近だとネットで知り合い作れたりしませんか」
「友達イネェッって言ったろ!」
「mixi入れねぇんだよ、2チャンは揚げ足取る奴ばっかでウンザリだし!」また突然キレたよ、この人。
 男はふと黙ると、部屋に戻って行った。やれやれと玄関を出ようとしたその時、一枚のシングルレコードを持って戻って来た。
「今日はノイズトークで盛り上がっちゃったから、ボーイスカウト・インフェルノの『camp in your room』おたくにやるよ。俺同じの五枚持ってるから。これ野外で足音だけ録音したみたいでさ。パチッパチッガサッざっざっガサッって。自宅に居ながらにして野外キャンプの気分を味わえんだ。いやー今日は楽しかった。これでまた一年ぐらいは誰とも口利かなくてもやっていけそうだよ。また来年頼むわ。今度はちゃんと指名するからさ。名前なんだっけ」
「ゴッシーです。来年なんて言わずに「メチャまわし学園」にまた電話下さい。それでは失礼します」
 とドアを閉め、ワンルームを後にした。

 貰ったシングルにはlimited 1/5と書いてあった。……限定五枚か。


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 生活の糧である引越しのバイトが一ヶ月ほどまったく無い。オレが働いてる蝦夷運送がリストラで社員を大量解雇したのは聞いてたけど、それでも週三回はあったのに。まさかこんなに連絡が来ないとはねぇ。もしかしたら蝦夷運送、そのまま潰れちゃったのかもな。ここ一、ニ週間は昔バイトしてたコンビニの店長に頼んで廃棄弁当を貰ってるんだけど、どうも便秘気味、食物繊維が足りない。なので近所のスーパーに行っては生鮮コーナーでお客さんが捨てたキャベツの外皮をエコバッグに詰めるだけ詰めて走って逃げたりしてるんだけど、自動ドアの開くあの一瞬がとても長い。
 あまりにも暇なので何回か「メチャ回し学園」に朝から顔を出して終電まで粘ったりしたが、ダメな時はダメだ。お店の電話が鳴っても「結婚式二次会に頼んだDJが途中で事故って来れなくなった。明るく元気な選曲ができるDJ希望」とか「正統ロックの集い。ストーンズの7インチレコードだけで九〇分まわせるDJ希望」なんてのばかり。出勤してる他の同僚が仕事を取って出かけていくのをただ見てるだけの日々が続いていた。
 電車賃使って事務所まで来て仕事が取れない時はつらいよ。今日はなけなしの金をはたいて来たからもう帰りの電車賃が無い。下手すると事務所に泊まり続けることになる。
「マスター、今日は仕事下さいよ」
「知らないよ。お客さん次第だし、電話はけっこう鳴ってるんだから。君はもっとメジャーな音楽まわせるようにならなきゃ。なぁケンジ」
 とマスターはソファに座ってる男に話を振った。
「そう、俺みたいにな」
 足を組んで雑誌をパラパラめくってるこの男が「メチャまわし学園」の稼ぎ頭、ケンジことDJケンGだ。ダンスホールレゲェからヒップホップ、ディープハウスまでそつなくこなすイケメン。キャバ嬢のパーティや女子大の同窓会なんかで皿を回してるらしい。一見さんお断りの高級DJだ。
「流行ものとかレア・グルーヴ系回せるとモテるぞ。美味しい仕事も入るし」
 ケンジは雑誌をテーブルに置くとゆっくりと顔を上げ、両腕をソファの背に広げふんぞり返って続けた。
「最近TVに出てるDJモモミって知ってっか?」
「いつもタンクトップ着てる巨乳の?」
「そう。あいつが今度ミックスCD出すんだけど。先月だったかなモモミのレコード会社から話があって、「評論家ウケする美形DJ」で売り出したいらしくてさ。でもあんな半分グラビアアイドルみたいなやつが音源持ってる訳ねぇだろ。で、俺にミックスCD作ってくれって。ゴーストライターみたいな仕事だ。もちろんDJモモミ名義で発売されるから、スペシャルサンクス欄にさえ俺の名前は載らねぇけどな。その分金払いは良かったぜ」
 ケンジはニヤリと笑い、一呼吸置いてこう付け加えた。
「当然、体でも払ってもらったけどな」
「さてと、じゃあマスター、そろそろ行って来るわ。ゴッシー、この雑誌でも見てハヤリを研究しな」
 テーブルの雑誌をこちらに向けると立ち上がり、ケンジはレコードだけを入れたキャリーバッグを引いて事務所を出て行った。人気者になるとDJ機材はお客さんが用意してくれるらしい。俺もそうなるはずだったんだけどな……。
 空いたソファに座り、ケンジが置いていった雑誌を開くと……ん……全部英語だ。なんて書いてるのかさっぱり分からんがパーティピープルの写真ばっかり。唯一読めたのは表紙の「DJ MAGAZINE」だけだ。紹介されてる機材もデジタルばっか。
「マスター、そう言えばさ、ポケットサイズのDJシステムデジタルプレーヤーがあるの知ってます?」
「なにそれ?」
「見た目はMP3プレーヤーなんですけど、フェーダー付いててミックスしたり二曲同時に鳴らしたり。DJがやる機能は全部ついてる感じなんすよ」
「へー。そんな便利なの。なんかもうアナログの時代はホント終わりだね。うちもそろそろ「アナ専門」の看板降ろすかな」
「誰でもMP3プレーヤーでリミックスできるようになったら派遣DJは厳しいっすよ。昔は小説の応募数って凄かったじゃないですか。雑誌の発行部数より、応募者の方が多いとか言われて。でも最近はデジカメ・コンテストの応募数が一番らしいっす。アナログカメラなんかもうほとんど見かけないし。誰でも出来るようになったら、ホント終わり。次にヤられるのはうちらですよ」
 などと暗い雑談をしながら二、三時間たった頃だろうか、事務所のケータイが鳴った。
「はい、アナログ専門メチャ回し学園です」
マスターは明るい声で応対している。
「ええ、そうです。間違いありません。人間が行ける所なら……ええ、そうなるとちょっとこちらも派遣出来る人間が限られますので、選曲はこちらに一任でよろしいですか……ええ、そんなに変なのはかけませんし。よろしいですか、それでは住所お願いします……」
 ケータイを首と右肩に挟みカタカタとノートパソコンを叩きながら
「……近いですね、一〇分くらいで伺います」
マスターはケータイを置いてこちらを振り向いた。
「ゴッシー、仕事入ったぞ。すぐ近く三信マンション八階」
「希望ジャンルとか」
「特に無し」
「ルームナンバーは?」
「行けばわかるって。それより、どうもガテン系みたいだからあんまり変なのかけるとボコボコにされるかもな。棚に有るアナログからロック/パンク系持ってけ。ほれ地図」
 プリントアウトされた地図をポケットに入れ、壁際の棚を回って「ロック定番」「ハードコアパンク」と付箋が貼ってある棚からそれぞれ二十枚ずつぐらい抜き、自分の持ちアナログと一緒にキャリーバッグへ詰め、ポータブルプレイヤーをゴムベルトでくくりつけて事務所を出た。

 白黒の地図に沿って渋谷駅前から人込みでごったがえすセンター街を抜け、ポツポツと住宅や二階建てのアパートが見え始める所まで来た。ここらへんのはずだがマンションらしきものは一軒も無い。きょろきょろしてると道路脇の建築現場から声をかけられた。
「おい、そこの兄ちゃん。あんたDJかい」
「あ、はい。あのぉ、三信マンションってご存じないですか」
「ご存知も何も、ここだよ」
 えっ?と見上げるがマンションは無く、なんとなく外観が分かる程度の鉄骨が組んであるだけだ。
「あの、でも確か八階って」
「そう。間違いないね。今ちょうど作ってる一番上が八階部分なんだ。突っ立ってないでこっち来いよ。ヘルメットとか貸すから」
「あ、あのちょっと事務所に電話します」
 トゥルルル……トゥルルル……
「はいよ、ゴッシーどうした」
「どうしたじゃないよマスター。まだマンション完成してないって」
「ああ知ってる知ってる。そう言ってた。でも足場は組んであるから歩いたり出来るってさ。ほら、野外ステージだと思えば。じゃ、あとよろしく」
 ブツッ
「もしもし、もしもし……」
 切りやがったよ。どうりで部屋番号教えてくれなかった訳だ。今、作ってるんだもん。
 
「じゃあヘルメットと、うちらは八人だから、はい四千円。いやーみんなで昼飯食ってたらさ、スポーツ新聞読んでた奴がね、あんたんとこの三行広告に【派遣先不問】って書いてあるの見つけてさ。冗談半分で電話したらOKだって。で、五百円ずつ集めたの」
「あの、でも、機材とレコードが置けないと……」
オレはキャリーバッグを開いて見せた。
「ああー、うーんと、そうねぇ……」
 男はキャリーと俺を交互に見ながら考えている。日焼けした浅黒い顔が渋い。何か思いついたのか急に顔を輝かせると、後ろで作業していた男に呼びかけた。
「おーい、ハーネスあったよな。持って来てくれ。このDJさんに着けっから。あの腰ベルト付いてるやつ」
「あいよー」
 作業員は手を止めると仮設事務所へ入っていった。
 オレに何を付けるんだ? ハーネス?
「ハーネスって何ですか」
「安全帯だ。両肩と両腿と腰周りをベルトで繋いだ命綱。あんたのプレーヤー、取っ手があるだろ、だから両サイドのベルトを通してさ。アナログは俺のメッセンジャーバッグ貸すから、それに入れて首からぶら提げる。そうすればほら、置く場所無くてもいいだろ。まぁ着けてみれば分かるって」

 ヘルメットを被り、安全帯を締め、二丁拳銃のようにターンテーブルを腰の左右に装着。ちょっとカッコイイぞ、都会のマカロニウェスタンだ。しかし首からぶら下げ、胸のベルトで止めたバッグがなあ……、なんか子供っぽい。しっかしレコードって重いわ。
 男は満足そうにうなずき
「じゃぁ八階まで行くから、こっち来な」
 俺はバッグからLP「続・夕陽のガンマン」を取り出してかけ、決闘に向かうような気分でついて行く。
 八階に上がり、周囲を見渡すと六〜七人が散らばって働いている。うわあ……これ高いわ。ビルとかマンションの窓から下を覗くのと、今この足場から見るのとでは全然印象が違う。ってか正面向いてんのに足元から一、二階で作業してる人がチラチラ見えて足がすくむんですけど。
「こ、ここ何メートルくらいなんですか」
「三、四〇メートル。まぁ落ちたら二秒で激突死だ」
「え、でも、このハーネス着けてるから落ちないですよね」
「バカ。それはプレーヤーを体に付けてるだけ。本当はさらにランヤードっていう命綱で、鉄骨の支柱とあんたのハーネスを結び付けなきゃダメなの。でもそうすると鎖に繋がれた犬と一緒でさ、支柱の周りしか動けねぇから不自由だろ。ついでにもう一つ言っとくと、そのヘルメットも意味無ねぇから。今最上階にいるだろ、上から落ちて来る物は無ぇし、下に落ちたらメットがあっても死ぬ。わははは。じゃぁヒョイヒョイ動き回って、作業してる奴らにDJプレイを聞かせてやってくれ」
 男は他の階で作業があるらしく俺を置いて降りて行ってしまった。
 おいおいマジかよ。こんな肩幅しかないような足場、ガチャガチャ響く音がまた不安にさせる。しかし鳶の人はやはりプロだね、スイスイ移動してる。
 オレはレコードをかけながらソロリソロリと作業している人の方へ。やっと近付いたと思うと、スッと移動する鳶職人。待ってくれよー。オレはゆっくりと体の向きを変え後を追う。緊張のあまり喉が渇いてきた。
 何か飲みたい。ビール! いやいや、それは危ない、ザ☆危険。炭酸でもいいが、当然自販機は無いし。うぅぅぅ、……そうだ、せめて気分だけでも味わおう。首にズシッときてるバッグからあの名曲「I like cola」を取り出しプレーヤーにセット、スイッチオン。
「おー。兄ちゃん、いいの鳴らしてんじゃん。こっちにも来てくれよ」離れた所から別の男の声がかかる。
「あ、い、い、今行きます」
 と、その時突風が吹き抜けた。
 ひぃぃぃ……。
 腹にレコードバッグが無ければ匍匐前進したいよ。震える足をなだめつつ外壁の骨組みに沿って進むと、角の所で二人の男が分かれて作業している。一人が顔を上げ
「さぁもっとこっちに来て、俺らにも聞かせてくれよ」と手招きする。
 慎重に角まで歩き、一呼吸置いてビルの内側へ体を向け、左右に居る二人に聞こえるよう別々のレコードをセットする。
「へぇ、面白いね。左右に違うレコードか」
 俺の左手にいる男は感心したように聞いていたがニ、三分すると、
「そっち、君の右手の方も聞かせてくれよ」と言い出した。
 あんたたち二人が場所を入れ替えればいいだろ……とは言えないので、二人に逆の音が聞こえるようゆっくりと自分の体を回し、今度はビルの外側を眺める形になった。
遠くまで人や建造物がひしめき合う渋谷、どんよりと広がった雲の切れ間から陽光が数本差込み、ビルがキラキラと輝き始めた。左後方にいる鳶が言う。
「お、雲が晴れてきたな。いーねー、もっと音量上げてくれよ」
 どんどん雲が散って明るくなり、気分も盛り上がってきた。よし、とバッグから一枚のシングルを取り出し、タイトルを確認「we will rock you」、左のプレーヤーに入れ替えてスイッチオン。左右のヴォリュームを最大にし、曲のリズムに合わせて右側のレコードをデュンデュンズッ・デュンデュンズッとスクラッチ。西日ががっつり俺に当たる。来た、スポットライトだ! 見える、俺にだけは見えるぞ。高層マンションの窓やストリートから手を振ってるオーディエンスの姿が。最高の野外ステージだ。日比谷野音、ロンドンのウェンブリー・アリーナ、うーーん、やっぱフジロックか!

ドンッ

「うわっ!」
 突然背中を強く押され、俺は中空に飛び出した。ビル街から地面に視界が切り替わった瞬間、落ちる! 怖くて眼をギュッとつぶった。
 ガクンッ……安全帯をした肩、腰、股関節に重く鈍い痛みが走る。あれ? 死ぬ時ってこんなもんなんだ。顔に涼しい風が当たり、体はふわふわ揺れる。幽体離脱か、行っちゃうのか、オレ、天国行っちゃうのか。ああ体がゆっくりと上昇する。死ぬってのも悪くないな。
 
「にいちゃん、眼開けな」と聞き覚えのある声がする。
 あの鳶の人も天国に来たのか。ゆっくりまぶたを開く。あれ、左右の鳶職人がオレを見てる。
「わはは、どうだった、バンジージャンプ?」 バンジー? 首から背中に手を回すとランヤードだっけ?が付いてて、肩甲骨あたりから引っ張り上げられる形で浮いている。足場に降ろしてもらい、深呼吸をした。
 あれ、でも待てよ。
「飛んだ時、この背中の命綱は無なかったですよね」
「あはは。しかし上手く行ったな。あの時音量上げさせたろ、俺が近付くのが分からないようになんだ。で、こちらに背を向けたままのあんたに支柱から伸ばしたランヤードをサッと引っ掛けたの。そして、ドンッ!」
「もうー、や、やめ、やめて下さいよ。そ、そんな危険な事。ぜ、ぜ、絶対し、し、死んだと思いま、ま、ましたよ」
 普通にしゃべろうとしてるのに、どもり、足だけじゃなく手まで震えている。
「いやあ悪かった悪かった。ちょっとふざけ過ぎたな。そんなに怖かった?」
 うなずくオレ。
 鳶の男はニコニコしながら続ける。
「ははは。あれ、手、震えてるよ。ほらせっかくだ、ちょっとスクラッチしてみな」
「ス、スクラッチで、で、で、ですか」
 両手を左右のレコードに当ててみると、キュデュデュク、キュキュキュドュク、ギュイキュク、ケキュゴキュゴキュキュキュッ。うわわわ凄い。自分でも信じられないくらい細かく手が動く……ってか震えてる。
「おー兄ちゃん、いいじゃん。そうそう、その感覚忘れるな!」
 いや、そんな事言われても……。気が抜けたのか俺は足元にパタリとへたり込んでしまった。
「おいおい大丈夫か。わはは。こいつ腰抜かしたぞ。しょうがねぇな。下まで運んでやるよ」
 鳶二人に肩を抱えられ、オレは引きずられるようにして一階へと降ろされた。


         3
「ゴッシー、おまえと仕事するの久しぶりだな。しかもラブホテル、出張ヘルスっぽいじゃん」
「いつぐらい振りだろうな。あれだろ、レコードプレイヤーマニアが運営してる「電蓄砦」とかいうサイトのちっさいオフ会に二人で行って以来じゃん」とオレは歩きながら応えた。
「あーそうそう、思い出した。変なオフ会。メンバー各々がレアなプレイヤー持ち寄ってたよな。超機材オタクでさ。音楽には興味無ぇし金もかけたくないって感じ。でも、色んなの鳴らしてみたいから、レコードたくさん持って来てくれって依頼だったっけ。」
「重かったよなー。事務所に居たのがオレとお前でさ。DJは誰でもいいっていうんで、二人でダンボール六箱? パンパンにアナログ詰めて、キャリーカートに三箱ずつくくりつけて」
 スクランブル交差点で立ち止まり、信号が変わるのを待ちながら、オレと佐藤はしゃべり続けた。佐藤は「メチャまわし学園」の同僚、源氏名はDJシュガーだ。シュガーは言う
「あいつらの古ぼけたアンティーク・プレーヤーにレコード乗っけてさ、つい、いつもの調子でスクラッチしたら、エライ怒られたよな。『モーター痛めるだろっ!』って」
「懐かしいね。なんかさ、『やはり音が緻密ですね』とか『低音の抜けが違いますな』とか言ってたよな。カッコイイ曲だねとか泣けるバラードだねとか、曲の感想は一切無し」
「あんときゴッシーさ、工事現場でチェーンソー振り回してるようなLPかけなかったっけ?」
「あー。初めはかけるつもりじゃなかったんだけど。普通に音楽の感想を聞きたくてさ。ロックかけてジャズかけて、クラシックかけてそれでも反応無かったろ。プレーヤーじゃなくて『あ、これいい曲だね』って一曲でいいから言わせたかったんだ。でも、『ガラード301は中音域が強いですな』とか、そんなんばっか。いい加減頭来ちゃって。ノイジシャンのMSBR&スペキュラムファイトのコラボLPをさ、かけちゃった。めちゃめちゃウルサかったでしょあれ、わざと七十八回転で回してさ。もう、もう、自分でもブッ飛んだ。いつもより凶悪、鼓膜を戦車でブチ破るようなノイズ。それなのに……」
「そうそう、あの轟音には俺もビックリしたよ。思わず耳ふさいだもん。まぁそれ以上に驚いたのがあいつらの反応だったけど。『やはりガラード301は中音域が強いですな』って、もう一度言ったよな?」
「ほんと一瞬、耳を疑ったね。何かけても結局同じかよ、みたいな」
 道玄坂を上り途中で右折しホテル街に入り、指定されたラブホテルへとオレ達は向かった。

 こうして久しぶりにDJシュガーと組んでの仕事となった訳だが、話は一時間ほど前、「メチャまわし学園」事務所にさかのぼる。
 三々五々集まったDJがいつものように、棚のレコードを見たり、雑談したりで、事務所にはのんびりした空気感が漂ってた。しかしそれも電話が鳴るまで。
 トゥルルル……トゥルルル……
マスターがケータイを耳に当てるとDJ達が聞き耳を立てる。
「はい、アナ専門メチャまわし学園です」
「ええ、それですと五万円ポッキリです。交通費は別です」
 大きな仕事だ。同じ時間まわすなら、一人を相手に千五百円より、五万円の方が絶対いい。事務所内に緊張が走る。
「どのようなジャンルがお好みで……ええ、分かりました」
 マスターはケータイを切った。
「でかいハコから来たぞ。急遽欠員が出たらしい。メジャーデビューのチャンスかもよ」
 どこなんだ、みんながマスターの口元に注目している。
「ジャンルはヒップホップ/R&B、場所は新木場、もう分かったろ、「Otoha」だ! 行きたい奴?」
 全員がサッと手を上げる。
「おいおい、ゴッシー、お前はヒップホップできねぇだろ」
「大丈夫っすよ。ランDMCとパブリック・エネミー持ってるし」
「いつの時代だ、死ね。ケンGが居れば、あいつにしたんだが」
 マスターは見回す
「おっと、佐藤まで手上げるなよ。お前、王道ロック、ロンドンナイト方面だろ」
佐藤はニヤッと笑い手を下ろした。
 マスターは独り言を言うように
「『Otoha』は女の子多そうだからなぁ。じゃあ……行ってくれる。お前イケメンだし、R&B系OKだったよな」
「ありがとうございまーす。「Otoha」ってことはDJ機材は完備っすよね。やった」
 呉羽が準備を終え、事務所から出て行くと、残りは各々、またレコードを見たり雑談したりと暇潰しに戻った。
 退屈な時間が過ぎる、
 トゥルルル……トゥルルル……
「お、今日は調子いいんじゃないの」とマスターが電話に出る。
「はい、メチャまわし学園です。……はい、3Pですか……ええ、DJは男です。こちらから二人派遣ですと料金は倍の三千円になりますが……。音楽はどんなタイプがよろしいですか……なるほど、そういう感じの、わかりました。ではホテルに入りましたら再度電話いただけますか。ええ、有難うございます」
 マスターは受話器を置いて
「乱交希望入りました〜。グチャグチャした過激なプレイ希望らしい。差を際立たせるためにも、ロック王道のシュガーとジャンル不明のゴッシーのコンビがいいんじゃねぇの。前にも何回か一緒だった事あるよな。ターンテーブル四台持ってって、お二人の超絶スクラッチで煙が出るくらい楽しんできな!」
「もしかしてお客さん、女?」とシュガーが聞いた。
「行ってからのお楽しみ〜」マスターは教えてくれない。
 まもなくその客からホテルに入ったと電話があり、マスターはホテルまでの地図をプリントアウトし403と書き込んでこちらに渡す。俺とシュガーはちょっとした打ち合わせと準備をして事務所を後にした。
 
 まぁそんな感じで「電蓄砦」オフ会の思い出話をしながら俺達は道玄坂を抜け、今、指定のホテルに着いた。
 狭いエスカレーターに入り四階まで上がる。
エレベーターのドアがゆっくりと開き、キャリーを引きずりながら403号室へ。
 客が女である事を祈りながら、部屋のドアをノックする。
 ガチャッ
 身長一九〇センチぐらいだろうか、角刈りでひげを生やし、左胸に大きくAFとプリントされた白いポロシャツに短パン、ガッシリ体型の男が立っていた。残念。
「待ってたぜ。さぁ入ってくれ」
 背を向けた男に続いて部屋に入る。
室内は十八畳ぐらいか、結構広く間接照明を使ったオシャレな雰囲気だ。左手奥にベッドとナイトテーブル。壁には薄型の大型テレビとその対面にソファそしてクローゼット。正面やや右手には、半開きになった曇りガラスドア越しにバスタブが見える。これで客が女だったら、本当の「プレイ」パーティになったかもしれないのに。
「ざっとシャワー浴びてくるから、用意しといてくれ」と男はバスルームに入った。
「男だったな」 
 とオレはベッド手前の床にレコード箱を置き、ターンテーブル二台を並べた。
「ああ」
 シュガーも横で同じように並べている。ポータブルとはいえ、ターンテーブルが四台並ぶとカッコイイ。
 背後でバスルームから男が出てくる音がした。
「用意はできたかい」
 男は後ろからオレ達の横を通り、こちらを向いて目の前のベッドにどすんとあぐらをかいて座った。視線を上げると、下半身は紐パン、前がメッシュでチンコが透け、上半身はもちろん裸、胸筋をピクピクさせている。
「料金が二人分三千円だよな」
男はナイトテーブルの引き出しから財布と親指大の小さなプラボトルを取り出して上に置き、千円札三枚をこちらに渡した。
 代金を受け取り、シュガーは男に尋ねる。
「いろいろ混ぜこぜになったプレイをご希望でよろしかったですか」
「そうそう。なんか普通のじゃ満足できねぇの。もうグッチャグッチャにミックスしてよ。あ、でもその前に、君らの名前教えて」
「DJシュガーです」
「DJゴッシーです」
「俺はフトクマ。今日はヨロシクな。ほら三人も居ると暑いからさ、上着脱ぎなよ」
「え? いや、いいです。大丈夫です」とシュガー。
「遠慮するなって。恥ずかしくないだろ。男しかいないんだし。それとも無理矢理脱がして欲しいか?」
「あ、いや、そういうのはちょっと」
 固辞するシュガーに脱げよとウィンクしてオレはシャツを脱いだ。確かに三人にしては部屋が暑い。「では始めます」
 上着を脱いだシュガーがプレーヤーを二台同時にスタートさせる。左右の内蔵スピーカーから違うジャンルの曲が流れる。ボサノヴァとレゲェだ。てっきり七〇年代ロックで来ると思ったが、最初はゆっくりしたムードで行くつもりらしい。両方のゆるいリズムが微妙に干渉しあって気持悪い。シュガーは人差し指を回転しているレコードの淵にわずかに当て、摩擦でゆっくりとテンポを落としていく。あぁヴォーカルの声がゆがむ。
 男はこちらを向いたままベッドに横になり、片手で頭を支えながら
「あー船酔いみたいでいいねー。ほら、ゴッシーもボーッと座ってないでレコードかけてよ」
 シュガーが洋楽なら俺は邦楽にするか。ぼやっとしてる時間は無い。レコード箱をパタパタと探る。全く同じシングルを二枚抜き出し、プレーヤーにセット。ゆっくりとボリュームを上げる。
「おー、微妙にズレて楽しいな」
「二枚同時がけっていって、よくやるんですよ」
「へーそーなんだ。あー四台同時に鳴るとええわぁ」
 シュガーがLP「ロンドンナイト」からワムをかけると
「ああぁぁ、溶けそう。ジョージ・マイケルの声ってイケるよなぁ」
 フトクマは仰向けになり目を閉じ、口をだらしなく開けてハァハァ喘ぎながら聞き入っている。気のせいだろうか、紐パンのメッシュ部分が盛り上がってきてるようだが。
「もっとおぉぉ、グチャグチャにしていいよぉ。スクラッチばんばんしていいぜ」
 フトクマは自分の胸筋を触ったり乳首をつねったりしている。シュガーはボサノバからテクノ、レゲエからオールディーズへとレコードを替えて二台のボリュームを素早く上げ下げし、レコードを交互にかけてるようなプレイをみせる。じゃあこっちはコレだ、落語とさだまさしをセットし、回転数を上げ下げする。早送りになったりスローになったりメチャクチャだ。
 テクノのビートに乗ったさだまさしの声に反応したのか、男が言う。
「あー。純くんたまんねぇよなぁ。ここ十年くらいずっと使ってるよ。成長すんのがよくねぇ? あの気弱な感じもさ。まじガンボリしてぇ。俺のダチで田中邦衛がいいって奴いるけど、それはヤベーよな」
 純くん? ガンボリ? まぁいいや。プレイに集中集中。さだまさしを外しもう一枚落語のレコードを置く。これで圓楽と歌丸のツイントークだ。舞台に上がった二人が同時に別々の噺をしゃべりだしたみたいでサイコー。しかもシュガーがプレスリー、ストーンズにディープパープルと熱く攻めてくるもんだから、俺も負けじとガチャガチャつまみを上げ下げして、頻繁にレコードをとっかえて、あいつのレディオヘッドに千昌夫かぶせたりしたよ。ラクゴオールディーズエンカロックだ。シュガーもノッてきたのか、こっちにに手を延ばして俺のレコードをスクラッチする。それならこっちもと、俺はあいつのプレーヤーに載ってるレコードをギュイギュイ擦る。強烈なカットアップが始まる。暑い。室温がまた少し上がったようだ。
 speaki words to /キュキュィッ/さ行ぐだ〜/ギュギュギュ/love you /おふく〜ろ〜/シュグググ/here it comes/今何時だいなんて/kill kill die die/なこと言いまして/キュッキュィッ……
「いーねーカオスだ。君らイーッ! ああ凄げぇ、もっと擦って、あぁ、もっと、うふうっ、擦って、激しく!」
 フトクマはメッシュからはみ出し直立するチンコをスクラッチに合わせてしごきながら
「お前ら、ホント凄い。チョット待ってくれ。このままだと出しちまう。メロウな曲に換えてくれ! 予定が狂う」
 シュガーがこちらを向いて頷き、右手で「四」を作った。同一レコード四枚がけの合図だ。ここに来る前、二人で打ち合わ中に思いついたプレイ。使うLPはルー・リード「メタルマシーン・ミュージック」。ロックの大御所が作った意味不明なノイズレコードとして有名なこの作品。ノイズ音楽系のオレとロック系のシュガーが共通して持ってる唯一のLPだ。ルー・リードぐらい有名になると、DJが持って出かけても大丈夫なように事務所には同名タイトルが複数枚置いてあって、そこから二枚借りて四枚揃えたってわけ。
 シュガーがまず右のプレーヤーそして左のプレーヤーと順番に「メタルマシーン・ミュージック」をセット。金属が軋むようなノイズがスピーカーから流れ出る。続いて俺も同じLPを順にかけていく。歌もリズムもメロディもないただのギターノイズがいつもの四倍のうるささで室内を満たす。
「うぉぉぉ、お前らスゴスギ」
 フトクマは紐パンを脱いでベッドから降り立ち
「ほらもう、こんなになっちゃったぜ」
 ギンギンになったチンコを左手で擦りながら右手でナイトテーブルの上にあったプラボトルを掴み取った。親指で上に弾いて蓋を開け、胸元でボトルを逆さにするとタラーリと透明な液体が糸を引いて下に落ちる。ローションだ。それを太くなったチンコで受け止め左手で亀頭から金玉までヌラヌラとのばしながらフラフープで円を描く様に腰をグラインドさせる。
「ほらほら、欲しくなってきたろ、このぶっとい肉棒をよ」
「いや、あの、そういうのはちょっと困ります」
 シュガーは激しく首を横に振った。もちろんオレもだ。
 男は見せ付けるように体にもローションを塗り、チンコをしごいた。透明な液体がトロリ、トロリと床に垂れていく。
「な〜に、遠慮してんだ。お互い楽しもうや。もう一人呼ぶか?」
 もう一人?
「お前らのアナルちゃんがえ込みたくてヒクヒクしてんじゃねぇのか」
 シュガーも顔を引きつらせて言う。
「い、いや、本当にそれはちょっと」
「なんだ、和姦ダメかよ? じゃぁ、しょうがねぇなぁ……サトル出て来いよ!」
 え、サトル? 誰?
 突然後ろのクローゼットがバンッと開いた。ハッと俺達が振り向くとゴツイ男が全裸&チンコギンギンで立っていた。隠れてたのか。どうりで部屋が暑かったはずだ、と思う間も無く、サトルとやらがシュガーに襲い掛かった。助けようと立ち上がった瞬間、俺は後ろからフトクマに羽交い絞めにされた。ローションに濡れた胸筋が背中に触れ、熱い吐息が耳にかかる。
「ほら、言う事聞いて楽しもうぜ。カッタイ黒マラ当たってんの、分かるだろ」
 フトクマはローションボトルをサトルに渡し、オレのジーンズから素早くベルトを抜き取った。ヤバイッ。スッとジーンズが落ち、オレはトランクス一枚に。
 トランクスの裾からズンッとアヌスに何か太い物が入った。
「痛ぁあぁあぁぁぁ!」
「おおう、ヌッポシ、ヌッポシ。スゲー締まるぜ。いいケツマンコしてんじゃねぇか。ビールとアナルはやっぱ生に限るわ」
 うぅう、肛門が熱い。横を向くと、床に仰向けのままズボンを剥ぎ取られたシュガーが、がっつり両腿を抱えられ正常位で犯される寸前だった。ローション光りしたサトルの巨根がチラッと見え、俺は目を逸らした。
「ギヤーーーー」
 シュガーの悲痛な叫びが室内にこだまする。
 逃げようと思ってもフトクマに背後から串刺しにされてズン、ヌチャッ、ズン、ヌチャッと休み無く突かれていては力も入らない。しかもだんだんペースが速くなってきている。
「ゴッシー、お前のケツマン最高だ。あぁ腰が止まんねぇぜ。ガン掘りされる気分はどうだ? イイダロッ! ほらもっと深く突いてやる」
 イダダダダッもうダメだ。アナルが擦れて火を噴きそうだ。意識が朦朧として、頭の中が真っ白に、ルー・リードのノイズと相俟ってホワイトノイズの嵐が眼にちらつく。ノイズの隙間からシュガーが見える。あ、サトルが腰を抜いた……うわっ、顔射してる。
「オラオラ、ゴッシー、さぁ雄汁、ぶっ放すぞ」
 ドクッ、ドクッ、ドクッ。あぁぁこっちは中出し、熱い液体が腸壁に当たってる。薄れる意識の中でフトクマの脱いだ白いポロシャツが目に入った。ロゴのAFって、もしかしてAnal Fuck……。

 俺とシュガーは押し黙ったままキャリーカートをひきずり渋谷駅方面へと道玄坂を降った。シュガーがポツリと言う
「今日は無かったことにしようぜ」
「ああ、お互いな」
 ……腰を引き気味にして歩く二人。
「じゃあなゴッシー」
 シュガーはへっぴり腰で雑踏の中に消えていった。


          4
そもそも俺がDJになったのは、生計を立ててる引越しアルバイトがきっかけだった。とある引越しで、お客さんが捨てた粗大ゴミの中に不思議なレコードプレーヤーがあってさ、今考えるとそれが始まりだったんだな。

 オレとトラックの運転手が梱包された引越し荷物を積み込み、一息ついていると
 お客さんが
「じゃ、すいませんがこっちゴミなんで、蝦夷引越しセンターさんで捨ててくれますか」
「はい、了解しました」
 と二人で答え、冷蔵庫、こたつ、テレビ、箱に入ったLPなんかをボーッと眺めていた。と、ふと眼に留まった取っ手付きの赤く平べったい箱。
「これ、何ですか」
「あーそれ。レコードプレーヤー、ふた開けてみれば」
 ノートパソコンをもう少し横に延ばして厚さを三倍ぐらいにした大きさで、赤い上蓋を外すと小さいターンテーブルとこれまた小さいスピーカーが内蔵されてる。
「これ小さいですね。シングル盤専用ですか?」
「いや、かなりはみ出るけどLPも聞けるよ。GP-3って機種でさ、電池でも動くし、取っ手持てば、歩きながらでも鳴らせるよ」
 ……歩きながら……そんな必要あるのかと、心の中でクスッと笑った。
「へー面白いっすね。捨てるのでしたらレコードと一緒に貰ってよろしいですか」
「どうぞご自由に。ちょっとオシャレかな〜って買ったんだけど、さすがにもうアナログはねー。好きなのはパソコンに入ってるし」

 バイトが終わったその夜、貰ったレコードとGP-3プレーヤーを部屋に持ち帰り、コンセントに刺して早速いじってみた。そういえば子供の頃、実家に大きいアナログプレーヤーあったな。ラジカセにつないでたっけ。今の人はもう知らないだろうな、ラジカセ。それにしてもこのプレーヤーは小さい。上蓋を外し、まずシングルをかけてみる。クルクル回る様子が可愛らしい。
「なつかしい……。これでLPも聞けんの? 絶対プレーヤーからはみ出るぜ……」
 独り言を言いながら貰ったLPの束をパタパタと倒し、面白そうなのを探す。あ、ピチカートがある。中身を取り出すとホワイトカラーLPだった。
「あぁ綺麗やね……」
 シングルと置き換え、スイッチを入れる。プレーヤーの三辺からカマボコ型にはみ出したLPがゆっくり回る。頼りなげだが大丈夫だ。
「意外と聞けるなぁ」
 あれこれとLPを取り出し、ひとしきりかけ替えて遊んだ後、LPを袋に戻し、そろそろ飯にでもしようとした時、ふと思い出した。今日のお客さん、これ持ちながら使えるって言ってたよな。説明書をパラパラめくる。
「あ、この部品、ここにつけるんだ。立ててもレコードが落ちないようにするストッパーか。でもシングル専用か。へー」
 一人暮らしが長くなると独り言は生活の基本だ。「うんそうだよね」とか「そりゃまずいでしょー」などとTVに話しかけるようになれば一人前。孤独もそんなに悪いもんじゃないって思えてくる。
 レコードの束からシングルレコードを抜き出しストッパーを使ってプレイヤーにセット。取っ手を掴んで立ち上がる。大丈夫だ、落ちない。持ったままコンセントを引きずり六畳の部屋をぐるぐる歩いてみる。そんなに重くないし音も飛ばない。正直、楽しい。しかし片手がGP-3で塞がってるのは不便だ。室内を回りながら考える。そうだ、ストラップが脱着式のショルダーバッグがあったんだ。一旦GP-3を置く。バッグからストラップを取り外しプレイヤーの取っ手に通して輪を作り肩から掛ける。やった、両手が自由だ。これなら立ったままレコードを替えたりボリュームをいじったりできる。ステージに上がったギタリストってこんな感じかなと、独りニコニコしながら狭い室内を動き回った。
 その翌日からだ、オレがレコードを買い漁り始めたのは。昔から音楽は好きだったけど、CD世代だから、レコードの存在は知ってても買いたいとは思わなかったし、ましてやドーナツ盤を買うようになるとは予想もしていなかった。
 その後、引越しのバイトで粗大ゴミにレコードやポータブルプレイヤーがあると貰って帰り、休みの日には中古レコード屋に行ってポツポツとアナログを買い集めた。最近はもう中古でも買う人が少ないし値段も安い。六畳の部屋にレコードがあっという間に堪った。
 始めのうちは一枚出しては一枚しまう感じで聞いてたんだけど、だんだん面倒臭くなってきてさ。引越しで集めたGP-3やヴェスタックスのハンディトラックス、ナショナルどれみといった雑多なポータブルプレイヤーを四、五台並べて、いつも聞きたいやつ専用、ここしばらくは聞いていたい用、とりあえずず買ったアナログ試し聞き用と役割を分けてみた。そして色々とレコードをとっかえひっかえしてる時に気付いた。
 これってDJっぽくねぇ?
 でも普通のしかもポータブルプレイヤーでDJ達がよくやるスクラッチが出来るかなぁと、レコードに指を当てて前後にさすってみた。
 シュギュギュッデュクッデュク
 あ、イケる。LPは手を離すと音の戻りが遅いけど、シングルEPなら問題無く擦れる。回転数が三段階あるハンディトラックスで遊んでみる。EPは耳毛バリカンの「搾取・イズ・マイ・ビジネス」だ。
   まずは普通の45回転
 お前の物は〜オレの物〜
   LP用の33回転
 おぅまぁえ〜のぅもぅのーはぁぅあう〜おうれぇのぅおぅもぅのおぉうぁうぁう
 回転数が遅いと間延びしてオモロイ。
   そして78回転
 オマエノモノハオレノモノ/サアカネハラエカネハラエ/
「アハハハッ」
 この78回転って速過ぎ。何の為にあるんだろ。そういうレコードがあるんかなぁ。
 そんな感じでスクラッチや二枚がけが上手にできるようになって数ヶ月が過ぎた頃、また気付いちまったよ。ハンディトラックスとGP-3って電池でも動くから外に持ち出せるんだって。それからだ、雨の日も風の日も吉祥寺駅前に座って路上DJを始めたのは。まぁ雨の日も風の日もってのは嘘で、実際はいつもの引越しバイトが夕方までで終わった日とか休日で気が向いた時だけだったけど。
そんなある日の夜、バス待ちしている人々を仮想客として、いつものように地べたに座り淡々とレコードをかけ替えて駅前DJしてたら、通りすがりの人が立ち止まり話しかけてきた。
「よう、兄ちゃん。そのEPいくらで売る?」
顔を上げると、男はオレがかけ終えて投げ散らかしたレコードの一枚、MESHIってバンドの「イヌ喰うな」を指差した。
「それだよ、それ」
 あ、あいつだ。想像してたより高い声してんだ、初めて聞いたわ。本名は知らないけどディスク・ユニオンのセール日にはいっつもいる奴でオレは勝手にユニ夫って名付けてる。メチャまわし学園のDJ達も知ってたからその筋じゃ有名人だ。聞いた話によると開店と同時に店に入り、棚の端に立ち平行移動しながらセール対象品だけを片っ端から抜き、棚の末端に着たら、CDを床に積み上げて、次の棚に移動。これを全棚やって最後にまとめて精算してるそうだ。オレも一度ヤツがお金を払ってるのを目撃したが、レジにCDが堆く詰まれて向こう側の店員が見えなかったもんな。どうやら好きなミュージシャンやジャンルは無く「セール品が好き」らしいとらの噂だ。
 ユニ夫はパンパンに膨れたトートバッグを両肩から降ろし、しゃがんでMESHIのEPをためつすがめつしている。ふと遠くに視線をやるとガードレールに腰掛けこちらをチラチラ見ている男がいる。会話が長引きそうなので、ロングトラックを一曲ずつ収録したウィンディ・ウェーバーのカラーLP「i hate people」の赤盤と青盤を二台のプレイヤーで同時にかける。鳴らしっぱなしに最適だ。ドリーミーなサウンドが上手く溶け合ったところでボリュームを少し下げてユニ夫に返事をする。
「MESHI好きなんですか?」
ユニ夫はEPをジャケから取り出し盤面のチェックをしながら
「メシ? そりゃ好きだよ、人間だもの……byみつを」
「……いや、その『イヌ喰うな』」
「当たり前だろ、犬は食わないよ。人間だもの……byみつを。韓国人は知らんけど」
「えーっと、そのEPのミュージシャンが好きなんですか?」
「え? ミュージシャン? なんて人なの?」
「いや、だから、MESHIです」
 なんだ、こいつ知らないのに欲しがってんだ。
「あー、これ、メシってアーティストなんだ。知らねぇーなー。で、いくら?」
「え? だって知らないんですよね? なんで欲しいの?」
「うん、ここにさ」
 としゃがんだまま裏ジャケットの右下部分を指差し
「111/500って書いてあるでしょ。僕、ぞろ目マニアなの。これ五百枚限定でしょ、でもさぁ三桁ぞろ目はその内四枚しかないわけじゃん。分かるよね、言ってる事。レア中のレアってやつ。金なら十分あるからさ。さ、いくらだ?」
「いくらなら買います?」
「質問に質問で答えるのは良くないな。言い値で買うからドンと来いよ」
「じゃあ……二万」
「おいおい、ちょっ〜と待ってくれ。シングル一枚二万円?」
「言い値で買うって……」
「いや、払えるけどさ。そりゃ無いだろ。いくら僕が一流企業に勤めてる独身で金が有り余ってるといってもさぁ、世の中常識ってものがあるでしょ。僕だって金券ショップで金を商品券に替えたり、友人の葬式で香典出さなかったり努力してんだから。こうやってペットボトルに水道水入れて持ち歩いてる人、いないよ。ね、だからさ、もう少しどうにかしてよ」
 Lpが終わりに近づいてきたので一枚を裏返し、右はA、左はB面をセットし回転数を落として音を混ぜ合わせる。ゆらゆらと海に沈んでいくようなサウンドが通行客の足元に絡みつく。さっきのガードレールの男はタバコをくゆらせながら暇そうにこちらを見ている。
「じゃ、一万円」
「えー! 一万? ちょっと高いんじゃないの。考えてもみなよ、ねぇ、定価千円ぐらいでしょ。それを十倍で売ろうっての? そりゃまずいんじゃないかなー。倍率ドン、さらに倍って感じ?」
 ユニ夫はあぐらをかいて座り話し続ける。
「ほら、君なら出来るはずだよ、もう一声どうかな」
 だんだん鬱陶しくなってきた。
「じゃいいです。売らない」
「いやいや待ってよ。買わないって言ってるんじゃないからさ。分かるよね」
「だって別に好きなミュージシャンでも曲でも無いんですよね」
「いや、あのね。レコードは物なの。物は集めるためにあるんだよ。聞くのはMP3でいいでしょ。分かる? もう何年も開けてない段ボールが部屋に山積みだけどね。いーの。もう入りきらなくてベランダに野ざらしになってて、たぶん、中に入ってるレコードとか丸尾末広の原画とかウィトキンのオリジナルプリントとか雨に濡れてビチョビチョになってよれよれだろうけど。いーの。写真だって今パソコンで見れるでしょ。パソコン持ってないけど。いーの。集める事に意義があるんだから。オリンピックと一緒だよ」
 またLPが終わりに近づいてきた。たぶんもう四○分以上経っている。どうやらユニ夫は「狙った獲物は逃さない」タイプのようだ。あっちから頼んできたはずなのに、こっちが捕まって尋問されてる気分。もう解放して欲しい。
「じゃあ千円。これ以上は無理」
「お、来たねー。有難うー。95パーセントオフ成功。すげー得した気分だよ」
 ユニ夫はいそいそとMESHIのEPをトートバッグに詰め、財布から一枚抜いて
「はい、千円ね」
 むかついてたので無言で受け取り、とりあえず胸ポケットに入れようと
「これ商品券でしょ!」
「さっき言ったろー。僕、金は商品券に替えてるって。ちょっと得なんだよ。九八五円で千円券買えるから。同じ千円だから、いいだろ。じゃ」
 ユニ夫はさっとトートバックを肩に掛け立ち上がると駅構内に消えていった。
 じぐじょー、悔しい。ユニ夫は「セール品」だけじゃなくて、「無理矢理セール価格にする」のも好きか。はー、今日はツイてないな……。あっといけねぇ、左のLPが終わって空回りしてる。ちょっと気分を変えよう。小さめの箱に入れてあるEPをパタパタと物色。お、これだ。メガデスがカヴァーした「アナーキー・イン・ザ・UK」、定番過ぎるけど、まぁ元気出るし、通行人も聞いてくれるかもしれない。右プレーヤーの音量を徐々に消し、入れ替えた左のプレーヤーの音量を上げる。あー落ち着くわ。でも三分以内に次のレコード決めないと曲が終わってしまう。EP箱を漁りながらチラチラ路上に眼を向けると、立ち止まって聞いてる人の足が見える。ポツポツと人が集まってるようだ。メガデスに続けてもう少しヘヴィなの行ってみっか。よし、これだ、フロスト・アックス「ザ・プロフェシー」。右プレイヤーにセットし、さっとボリュームを上げ、メガデスからフロストへ切り替える。土砂崩れのようなブラストビートに何を言ってるのか一切聞き取れない咆哮ヴォイス、まじブラックメタル。
 あ、あれ? 立ち止まってた人達がいない。そして無関心に通り過ぎる人波。選曲間違ったかなぁ、こういうの流行ってるって誰か言ってた気がするんだけど。おかしいなぁ。あぐらを組み背を壁にもたれ、ボーっと駅前通りを眺める。露骨にうるさそうな顔をする人もいるし、ブラックメタルはまだ市民権を得てないみたいだな。少し音量を下げよう。誰だ、流行ってるって言ったの。まさかオレの妄想じゃないよな。お腹も減ってきたからもう今日はこのへんで店仕舞だ。プレイヤーを止め、散らかったレコードを箱に戻し、レジャーシートを畳んでキャリーに全て詰め込む。
「あのーちょっといいかな?」
 ユニ夫と交渉してる時から遠くでチラチラとこちらを見てた男だ。
「ずっと聞かせて貰ったけど、君のかけるレコード面白いね」
「有難うございます」
「もう少し詳しく君の事を知りたいな。どうだい、おごるからさ、メシでも食おうよ。吉祥寺は余り来ないんだけど、いい店ある?」
「俺の好きな店で良いですか」
「もちろんだとも」
「じゃ、すぐそこですから」
 横断歩道を渡りサンロードを左折し目的の店に向う。半歩後ろを付いて来る男が言った
「君、レコード会社と契約してたりしないよね、音楽事務所とか」
「いや、そういうのは無いです」
 もしかしてこの男、業界関係者。おいおいいきなりメジャーデビューか、オレ。ドキドキしてきた。
「着きました。ここです」
 キャリーを抱え階段を登り、こじんまりした店内に入る。
 座敷に腰を下ろすと男は生ビールを二人分、オレは鳥唐定食を注文した。
「ここは君がよく来るの?」
「そうですね。安くて旨いし、量が多いから一日一食で済むし」
 男はタバコをポケットから出して吸う。オレは何をしゃべっていいのか分からずボーッとしていた。
「お待たせしました」
 店員がビールと料理をテーブルに置く。
 男とオレはジョッキを持ち上げ
「乾杯」
「ごちそうになります」
 男はごくごくと中ジョッキを半分程飲み干し、ドンッとテーブルに置いた。
「ぷはーっ。旨いね。さてさて、挨拶遅れたけど、僕はこういう者です」
 と男は名刺を差し出した。

 「アナ専門メチャまわし学園」
     支配人・市原エミオ tel. 090-5689-7412

 なんじゃこりゃ? 風俗? メジャーデビューの夢が光速で消えてゆくのを感じながらも一応聞いてみた。
「レコード会社の方ですか?」
「う〜ん……。どっちかっつっとDJを抱えて派遣もしてる音楽事務所に近いかな」
 お、変な会社名だけどちゃんと事務所なんじゃん。少し夢が戻って来たぞ。
「あ、そうなんですか。今はあれですもんね、ミュージシャンも事務所に入って月給制なんですよね」
「へーそうなんだ。うちは歩合制だけど。君、いつもは何してるの? まさか路上DJで食ってないよね。あ、まず名前教えてくれる?」
「五所川原です。普段は引越しのバイトで生計を立てつつ、ああやって路上DJしながらメジャーデビューを目指してるんです。市原さんとこでメジャーからCD出してる人いるんですか」
「う〜ん……分かんないな。あんまりプライベートは聞かないから。でもその可能性は極めて高いよ。レコード会社から仕事依頼される事も有ったり無かったり」
 俺は大きな唐揚げを頬張りながら思った。怪しい、怪し過ぎる。普通の音楽事務所じゃなさそうだ。
「まぁさっきも言ったけど、うちには色んなDJがいるんだけど、君みたいな辺境系っていうのかな、そういうの回すのがいなくてね。どうだろう、うちに来ないか」
「契約とかあるんですか」
「いや、無いよ。ちょっと非合法というか、まぁ、大した事じゃないんだけど。後々ね、何かあるとまずいから、契約書とか無いの。だから、君が正規の音楽関係会社に入ってたりすると誘えないなー、みたいな」
「非合法?」
「グレーゾーン。うちって他人の音楽を使った商売だから音楽著作権料を誰かが払わないとダメなんだ。普通はイベントとかの主催者が払うんだけど、主催者って誰? うちの場合はお客さん? お客さんが主催者っておかしいよね。でもこっちは派遣だから主催じゃないでしょ。著作権協会のサイトにも載ってなくてさ。訊けばいいんだろうけど、墓穴掘るのもいやだしさ」
「それってカスラック?」
「そうそう」
 カスラック(KASRAC)正式名称はKanto/Kansai Society for Rights of Authors, Composers and Publishersだが裏ではKill All Songs and Rape All Composersと言われ、全国津々浦々まで組織網を張り巡らし、著作権料を過剰に巻き上げる圧力団体として恐れられている。
「こっちが払うのか、それとも客なのか、DJ派遣業って、たぶんうちだけだから前例が無いでしょ」
「使用料未払いで一六〇〇万円請求とかニュースになってましたね」
「何かあったら捕まるの僕だからねぇ。まぁ、とりあえず事務所は渋谷にあるから来たい時に来ればいい。電話で渋谷駅からの道順教えるから」
 名刺を見ると住所は載ってないし、電話番号はケータイだ。逃げれるようにか。裏返すと手書きのケータイ番号。
「あ、それは僕の個人ケータイ。そっちにかけてくれてもいいよ。さて、僕はもう行かなきゃならないな。これで失礼するよ。会計しとくから君はゆっくり食べてるといい。じゃ、連絡待ってるよ」
 そう言い残し市原さんは伝票を持ってレジに行ってしまった。オレはテーブルに置いた名刺を眺め、もぐもぐと唐揚げを食べた。CDデビューの道は遠いな。まぁ御飯も食べれたし、久しぶりに生ビール飲めただけでも良いか。引越しのバイトが暇な時にでも電話してみよう……。

 しかしその時は意外と早く訪れた。働いてる蝦夷運送が不景気の煽りを食らって大規模な人員削減を敢行。オレはバイトだから首にはならなかったけど、引越しの仕事はかなり減ってしまった。その日から「アナ専門メチャまわし学園」DJとしても生活していくようになっていったんだ、今、振り返ってみると。


          5
 はっきり覚えてるよ、最初のDJ現場。
 幼稚園。
 引越しのバイトが急に少なくなって暇になったので、「メチャまわし学園」に行ってみたんだ。渋谷駅で降りて電話するとマスターの市原さんが出て、そのままナビしてもらって事務所に着いた。
 中に入るとDJらしき人が何人かいてソファでだべってたり、棚のレコードを物色していたな。マスターが椅子から立ち上がりこちらに歩み寄りオレと握手したんだ。
「よく来てくれた、有難う」
 マスターはオレの左側に立ち、くるりと室内に体を向け、
「ようみんな。今日から『メチャ学』に入ったDJ……え〜っと……」
「五所川原です」
「ゴショガワラか、長いな……名前。ゴッシーにしよう、うん、DJゴッシー。みんな、仲良く、色々教えてやってくれ」
 トゥルルル、トゥルルル、トゥルルル
 机に置いてあるケータイが鳴った。
「おっと仕事、仕事」
 マスターが机に戻り電話で応対している。オレはどうしていいか分からず、キョロキョロと部屋を見回すと、
「ゴッシー、ここ座れよ」ソファに座ってる男が呼んだ。
「俺は佐藤。DJネームはシュガー。これもマスターの命名。マスターは直感で名前付けるから」
「ははは」
「ゴッシーは今日手ぶらみたいだけど、アナログプレーヤーは自分の持って来ないと」
「ああそうなんだ」
「少々お待ち下さいませ」マスターがケータイを保留にした。
「仕事入ったぞ、来週の月曜日。場所は幼稚園。行きたい人?」
「それって保母さんのオフ会とか?」DJの一人が訊いた。
「バカ。ガキ相手に決まってんだろ」
 子供相手じゃ、何かけていいか分かんないし、張り合いもないから誰も手を上げない。
「え、いない? おい、呉羽、お前ロリコンだったよな」棚を物色している男に声を掛けた。
「違うし。それってロリじゃなくて、ペドでしょ」
「誰か、マジでいないの? ゴッシーはどう?」
「あぁ、いいっすよ」
「よっしゃ」
「お待たせしました。DJご用意できました。住所と当日おられる方の電話番号を教えて頂けますか……はい……では来週の月曜日午後三時ということで……こちらこそよろしくお願いいたします」マスターはケータイを切り机に置いた。
「ゴッシー、音源あるの? 幼稚園系の?」
「幼稚園系かどうか分かんないっすけど。引越しのバイトやってると、お客さんがレコードは捨ててくれって言う時があって。古い童謡のレコードとか持ってるんで、それで行きます」

一週間後。
 マスターから貰った地図を片手に尾山台駅で降りた。商店街でも月曜の昼は閑散としている。レコードとポータブルプレーヤーを入れた大きめのキャリーを引きずり、商店街を抜けてしばらく歩くと住宅地になってきた。えーっと、あ、あった、目印の教会だ。ここを曲がればもうすぐだ。
「あっ!」
 古ぼけた家屋の門柱に「伊福部」と書かれた表札。もしやと中を覗くと、ゴジラ人形が庭にポツンポツンと置いてある。間違いない。ゴジラのテーマで有名な伊福部昭邸だ。ありがたやありがたや。両手を合わせて拝ませてもらう。
 おっといけない。腕時計が三時を指している。ガラゴロとキャリーを引いて目的の幼稚園まで走る。
 着いてみると、そこは少し大きな平屋の一戸建て。幼稚園というより少人数用の託児所だ。呼び鈴が無いのでそのまま玄関ドアを開ける。
「こんにちはー。メチャ回し学園ですー」
 奥の部屋から若い女性が走ってきて
「今日はよろしくお願いします。奥に園長先生がいますので、どうぞお入り下さい」
 オレと入れ違いに靴を履いて出て行ってしまった。キャリーを抱えて奥の部屋に入ると、初老の女性が子供のおむつを換えながらこちらに顔を向けた。
「私が園長の坂です。えっと千五百円でしたわね。あと交通費が五百円でいいかしら」とお金をエプロンのポケットから出しこちらに渡す。
「有難うございます。オレはDJゴッシーです」
「今隣の部屋で園児達に三時のおやつを食べさせてるところなんですの。そこ、お掛けになって。この時間はいつも京子ちゃんと二人体制なんですけど、どうしても出掛ける用事があるっていうもんですから」
「今すれ違った人ですか」
「そう。他の保育士を呼ぼうとしたんだけど、誰か代わりを呼ぶなら子供達の情操教育に役立つ方が面白いからって京子ちゃんが予約してくれたのね。あなたを」
「子供にDJって分かるんですかね」
「いいのよ、子供だから。半分お守だと思ってちょうだいな。あなたNHKのキッズステーション見た事あって? 狂言の野村萬斎出てるんだから、DJぐらい平気よ。さぁ隣に行きましょうか」
 キャリーを持って部屋に入る。ハイハイがやっとの赤ちゃんから走り回る元気な子まで十人ほどだろうか。遊具があちこちに散らばっている。
「今日はDJのお兄さんが来てくれましたー。みんな、仲良くしてあげてねー」
 オレは足元のオモチャを押し分けて座り、キャリーを開いて中からポータブルプレイヤー二台を取り出した。それを見て子供が何人かヨタヨタと近寄ってきた。
「テントームシー」園児がプレーヤーを指差す。
 よっしゃ、ツカミはばっちり。テントウ虫型プレーヤーを持参して正解だったな。これは赤地に黒い水玉模様の背中が蓋になってて外すと中に小さいターンテーブルとスピーカーがついてるんだ。もう一台は音階ボタン(鍵盤じゃないのがかわいい)付きプレーヤー「どれみ」だ。
 じゃあまず一曲目「およげ! たいやきくん」をプレーヤーに載せる。
「おしゃかなしゃん」子供がじっと見てる。
「おしゃかなだねー」とオレも幼児語で返しながらスイッチオン。輪郭が魚の形に削ってあって人面鯛焼きの絵が描かれてるレコードがクルクルと回る。今聞くと結構暗い歌だ。これって親元を離れて社会の海に飛び出した人の人生を歌ってんじゃないかなあ。
「むっくとガピちゃんだ」
 小さい男の子がオレのキャリーからムックとガチャピンの変形ピクチャーレコードを取り出した。円盤じゃなくキャラクターの形に切り抜かれてるやつだ。
「ゆう君、どっちか一つですよ」園長が諫める。
「やだ」
「ゆうくん!」
 ゆう君は二枚を胸に抱えて泣きそうな顔だ。
「いいっすよ二枚でも。こっちおいで」
 ゆう君からムックのレコードを受け取りどれみプレーヤーでかける。「まる・さんかく・しかく」が流れる。
「あなた、懐かしい曲お持ちねぇ」
 ゆう君はガチャピンのレコードをこちらに差し出している。
「ゆう君。今ムックかけてるでしょ。それ終わったらにしましょうね」
「やだ。いっしょ。ガピちゃんとムックいっしょ」
「いっしょにかけたら歌が混ざっちゃうでしょう」
 目に涙を溜め泣きそうになるゆう君。
「よし、じゃあ、それここに置きな」
 オレはテントウ虫プレーヤーから鯛焼きくんレコードを外し、ゆう君が空いたターンテーブルにガチャピンをセットする。ムックからは二曲目の「パタパタママ」が、ガチャピンレコードから「ホネホネ・ロック」がかかる。
二台同時再生が意外とマッチして面白い。ゆう君はクルクル回るガチャピンとムックを交互に見ながらニコニコしている。満足のようだ。音が混じるのは気にしないらしい。ゆう君はプレーヤーの横に転がってた機関車トーマスの人形を掴み、他の何かを探している。
「ゆう君、どうしたの?」
「トーマスいない」
「持ってるじゃない」
「これロージー」こちらに人形の顔を見せる。ほんとだ。唇がピンクで微妙に女の子っぽい。
 園長は室内を見回し
「あ、ほら、ゆう君。あれは?」と隅の方に転がってる汽車っぽい玩具を指差す。ゆう君は振り返り、ヨタヨタと歩いていった。子供ってガンコだけど興味がすぐ移る。酔っ払いと大差無いよな。周りにいた子供達も飽きたようでバラバラと散って勝手に遊び出した。
 客は居るけど聞いてない、みたいな状況。ガチャピンとムックを外して童謡のシングルに切り替える。子供が駱駝の背中に乗ってる絵が印刷されているピクチャー盤だ。
「あら、あなた、懐かしい物お持ちね。ちょっとその入れてた袋を見せて頂けるかしら」
「どうぞどうぞ。かわいいですよね」園長にジャケットを渡す。
「やっぱり。このシリーズ、他にお持ち?」
「ええ。十二枚全部有りますよ」
「当時をを思い出すわ。これね、私が独立するずっと前、昔いた幼稚園で使ってたのよ、毎月。七夕様とかジングルベルとか季節の歌が入ってて、楽譜も付いてるからピアノで弾いたり」
「創作童話みたいなのも中に書いてありますし」
「そうなの。読み聞かせしたわ。せっかくだから全部かけて下さらない。ここにピアノがあれば、今一緒に弾けたんですけどねぇ」
「あのこっちで良ければ音出ますけど」
 オレはどれみプレーヤーのボタンを幾つか押してみせた。変な電子音に子供が振り向く。
「あら。そのいっぱい付いてるボタンは鍵盤の代わりだったの。面白いのお持ちね。じゃあちょっとやってみようかしら」
 園長はどれみの手前に座り歌メロに合わせて音階ボタンを押す。子供が近寄って来た。
「イケますね。オレがテントウ虫でレコード替えるんで、そっちでメロディを弾いて下さい」
 二人横に並んでセッションだ。始めは普通にかけて、それに合わせて園長が弾いていたが、オレの側に居た園児がプレーヤーのスイッチをカチッと押してしまいレコードの回転数が上がった。早送りしたみたいに音が高く、曲が速くなる。園長は音階ボタンの高い方を
ポチポチ押してスピードについていく。オレが慌ててスイッチを戻すと園長は何事も無かったかのようにさっきより少し低めの音階でヴォーカルにメロディを合わせる。
「園長やりますね」
「昔取った杵柄ですよ。これくらい」
「じゃ、これはどうですか?」
 オレはレコードを擦りボリュームフェードを上手く上げ下げして
 ジュワカカ/シュゴッゴ/チュクチュク/ジュッジュー
 とスクラッチしてみせた。
園長はすかさず
 ポロポポ/ピーッポ/ピロピロ/プップー
 と即興メロディで返した。
 園長、何者だ? がぜん楽しくなってきた。
スクラッチを覚えられない位細切れに擦っても必ず同じリズムに楽しいメロディを乗せて打ち返してくるし、回転数をカチカチカチカチ上げ下げしても遅れることなく音程を上手にずらして演奏してくる。変な音のバトルに釣られたのか園児がオレと園長の前に集まっり、「それする」「それしたい」と口々に言い出した。
「よーし、順番だぞ」
「女の子はこっちにいらっしゃい」
 男の子はオレチームだ。テントウ虫の前に座らせレコードに手を置かせる。
「さぁ動かしてごらん」
 男の子がゴシゴシとピクチャーレコードを擦り、隣では二人羽織のようにして園長の前に座った女の子がボタンを押している。コール&レスポンスとか関係無いみたい。ピープーブブーと適当に弾いてる。
「あっちいくー」と男の子が女の子の列に加わると、みんな真似して行ったり来たり。園児が入り乱れてレコードを擦りボタンを押し、あっという間に時間が過ぎた。
 そうこうしてるうちにお父さんやお母さんが迎えに来て、園児達が一人二人と欠けてゆく。
「おじちゃんバイバイ」
「バイバイ」
 なかなか迎えが来ず最後まで残っていたゆう君がお父さんに連れられて部屋を出て行った。ひっそりした室内、結構広いもんだ。レコードをキャリーにしまい立ち上がる。
「じゃ、オレはこれで失礼します」
「有難うございました。楽しかったですわ。よろしければこれどうぞ」と紙袋を渡された。
「何ですか」
「家に帰ったら開けて下さいな」
「はぁ。有難うございます」
 玄関を出て道路脇まで園長が見送りしてくれた。オレは何度も振り返りペコペコお辞儀しながら来た道を歩いた。 
 園長が見えなくなった所で、貰った紙袋を開ける。子供のお菓子が沢山入っていた。
「あ、なつかしー」
 オレはビスコを取り出しポリポリ齧りながら尾山台駅に向った。


           6
「これで全て運び終わりました。また機会ありましたら蝦夷運送の引越し便、よろしくお願いします〜」 
 社員の伏見さんと声を合わせて挨拶し、ゆっくり階段を降りる。久しぶりのバイトが終わった。ああ、もう汗だく。黒いTシャツが更に黒くなって重い。狭い階段しかない集合住宅の四階に引っ越すのはマジやめて欲しい、ってか法律で禁止してくれって感じ。少なくとも蝦夷運送はそういう引越しを受けないでくれ! あ、そうするとオレが困るか。三階だとまぁ大丈夫なんだけど、一階高くなるだけで全然辛さが違う。往復するだけで息が切れる。疲労で足をガクガクさせながらトラックの後ろに回りゲートを閉める。
「ゴッシー、お疲れ。これで飲み物買ってきて」
「何いいっすか」
「炭酸。おまえも好きなの飲めよ」
「有難うございます」
 伏見さんから小銭を受け取り、自販機を探しに外通りへ向かった。それにしても最近の冷蔵庫はどうしてああデカいんだろ。
 数百メートル先にあったコンビニで炭酸を二本買ってトラックに戻ると伏見さんはもうエンジンをかけていた。急いで助手席に乗り込み、ジュースをホルダーに置く。
「お、サンキュー。出発進行〜」
プシュッ
 蓋を開いてゴクゴクと一気に飲む。
「げふっ。仕事の後は炭酸ですよねー」
「そうだな。仕事の合間はスポーツドリンクだけど、終わったら炭酸が一番だ。最近仕事振れなくてごめんな」
「いやいやそんな。どこも不景気ですから」
 トラックは蝦夷運送本社を目指しひた走る。シャツって汗かいてる時よりも乾き始めの方が臭いのは何故なんだろう、と取り止めも無い事を考えながら俺は流れ行く風景を漫然と眺めていた。
「あ、そうだ、伏見さん。今日は渋谷で降ろして貰えますか」
「おう。なんだデートか?」
「だったら良いんですけどねー。残念ながら、別の仕事です」
「ゴッシー、ここ以外にもバイトしてんだ」
「えぇ。余り金にはならないんですけど……ちょっと顔出して行こうかな、と思って」
 あのフトクマとかいう男にケツを掘られてからやる気を無くしてて、しばらく足が遠のいていた。思い出すだけでお尻がムズムズする。シュガーにはあの日以来会ってないけど、どうしてるかな。めっちゃ顔射されてたもんな。
 二時間ほどで蝦夷運送のトラックは渋谷駅前のスクランブル交差点に着いた。
「伏見さん。ここで降ろして下さい。また仕事あったらお願いします」
 オレは挨拶して降り、信号が変わって一斉に歩き出した人込みに紛れながら横断歩道を渡り「メチャまわし学園」へ。
マスターはもっと良い仕事を回して欲しいよ。「メジャーデビューの可能性は高いね」なんて、全然じゃないか。事務所は著作権協会に金払って無いみたいだし。
京王渋谷駅側の大型パチンコ店を横目に通り過ぎ、居酒屋地区の奥にあるハチコービルに入る。エレベーターで6階に上がり、表札も何も無い部屋番号666が「メチャまわし学園」だ。ノックもせずドアを開ける。
 ガチャッ
「……それでよろしければ……。なるほど、それは直接……音はどんな……」
 マスターは電話の相手と話し中だ。一瞬こちらを向き、よぉっといった感じで左手を挙げ、そのまま会話を続ける。部屋にはオレとマスター以外誰もいない。靴を脱いでソファに腰掛けテーブルに置いてある音楽雑誌をパラパラ捲りながら電話が終わるのを待った。
「分かりました。今はちょっとうちのDJ出払ってるんで今日明日中に折り返しお電話いたします。番号よろしいですか。090の、はい、4620ですね。それでは宜しくお願いいたします」
 マスターはケータイを切り、こちらを向き
「よぉ、ゴッシー久しぶり。どうしてた? 忙しい時は忙しいわ。大学サークルとか、しょっちゅうかかってくる。学園祭シーズンなんだな」
「それでここに誰もいないんですか」
「正解。もっと早く来ないとダメだよ。全部仕事回しちゃったぜ」
「今の電話は……」
「お、そうだった。ゴッシー、一人暮らし?」
「ええ」
「あー、じゃあ調度良いかもしんねえ。明後日、水曜日の夜から一泊二日、送迎付き。百名以上で六時間ぐらいって言うから、団体九〇分五万円の四倍で二〇万。オールナイトだとプラス四万円ですって吹っかけたらOKだってよ。で、あっちが言うには、我々と同様に親元を離れ孤独を抱えている者、できれば友人や身寄りが少ない者が望ましいって。その方が我々の波動とシンクロしやすいんだってよ」
「我々って?」
「さぁ。メーソーシューホーカイをオールナイトでやるからそこでDJして欲しいって。その模様を録音して信徒に売るんだと。録音についてはDJと直接相談してくれって言っといた。自然音とか厳かな感じの曲を希望するそうだ。どう?」
「いいっすね。大金じゃないっすか。チョーやりますよ」
「じゃ決まりだ」
 マスターはケータイをポチポチ押して電話をかける。
「先ほどお電話頂いた『めちゃ回し学園』ですけども、DJご用意出来ました。横に居りますので替わります」
 俺は受話器を受け取り
「DJゴッシーです」
「初めまして、私はダイバダッタマーブル。俗名は近藤と申します。明後日は五〜六時間DJしてもらうつもりです。先程の人にも言いましたが、自然系のオーガニックな音でお願いしたいと考えております。最寄り駅までお迎えに上がりたいのですが。」
 低い声で話す近藤の向こうからお経のようなものが聞こえる。
「吉祥寺に来てもらったりとか……」
「ええ大丈夫です。オールナイトですので待ち合わせ時間は夜九時でよろしいですか」
「あ、はい。北口にロータリーがあるのでそこで。俺は大きな黒のキャリーで行きますからそれを目印にして下さい。近藤さんはどのような格好ですか?」
「いえ、それはちょっと。盗聴されてるかもしれませんから。こちらで必ずあなたを見つけますのでご安心下さい。あと現地は野外で寒いので暖かい格好を。それでは明後日」
 ブツッ――電話は切れた。ケータイをマスターに戻しながら
「これ、あやしくないっすか。なんでうちみたいな小さいとこに電話してきたんすかね」
「まぁ、いいんじゃない。帰ってきたら半分、十二万よこせよ」
「え、いつもより取り分多いじゃないっすか」
「いいだろ、事務所の維持だって大変なんだよ。ゴッシーも五時間十二万ならオイシイだろ。あとはほら、お前の交渉術でライブDJを高く売りなよ。そっちは丸々お前にやるよ」

 翌日は自宅のレコード棚を漁り、久しぶりに床置の段ボールから埃まみれのアルバムを取り出したりして明日のオールナイトDJに備えた。五時間も回すとなるといつもより多くの枚数そしてプレーヤー用の予備電池も必要だ。LP中心で所々シングルを挟んだりするか。自然系だと、とっかえひっかえかけるより、じっくり聞かせる感じだな。などとアーでもない、コーでもないと選曲というか選レコードし、LPが入るバッグとキャリーに詰めていった。

 そして水曜日。両肩にレコバッグを下げ、アナログプレーヤーを入れた黒のキャリーをゴロゴロ引いて吉祥寺駅前まで。夜の九時でも仕事帰りだろうか結構人通りが多い。近藤さんが俺に気付いてくれるといいんだけど。ボーッとしていると200メートルぐらい先の交差点からピンクと白のマーブル模様に塗られたワーゲンビートルが近付いて来る。誰がこんなイカれたペイントの車に乗ってんだろと見てたら、俺の前で止まった。中から手招きしている。どうやらお迎えのようだ。後部座席に荷物を入れ助手席に入る。お経のようなものが車内に流れている。
「どうも、DJゴッシーです」
「ダイバ、おっと近藤です。今日はよろしくお願いします。まぁ詳しい事は走りながらでも。さぁ行きましょうか」
 この男、どこかで会った気がするんだけど、気のせいか。
 車は繁華街を抜け三鷹方面に向って走り出した。
「ざっと説明しますと、今日は二年に一度の瞑想修法会の日でして、今頃は三百名ほどの信徒が森の中でキャンプをしながら教祖様の登場を待っているはずです。あなたにはそこで音楽をかけてもらい、我々がノートパソコンに録音する。それをCD化してですね、修法会に来られなかった信徒にも領布すれば、追体験でき、修行が進むという訳です」
 やっぱり宗教団体だ。
「そのCDいくらで売るんですか」
「まだ決めてませんが、修法会が長時間になりますから、教祖様の生写真と髪の毛を付けた5枚組ボックス、十五万円ってとこでしょうか」
「え? マジっすか。それなら修法会に参加した方が安いんじゃないですか」
「修法会は一人四十万円ですから、なかなか参加できない信徒も多くて。教祖様としては全信徒に参加してもらいたいのですよ、修行のために。でも色んな事情があってどうしても来られなかった者にも、皆に遅れることなく修行を進めて欲しいという教祖様の暖かい発案によって、今回の録音CD化となったのです。参加した信徒も思い出として買うでしょうが」
 四十万×三百人=千二百万円、CDは何枚売れるか分からんがかなりの額になりそうだ。こいつらボロ儲けやん。ふっかけてやれ。
「それでオレのライブDJを録音する権利を買いたいんですよね。いつもは最低売り上げの一割を貰うんですが、まぁ、百万に負けますよ」
「そうですか。では交渉成立ですね。お金はDJ代二十四万と合わせて明日、お帰りになる際にお渡しします」
 おいー、マジか、ハッタリだったのに。もっと高く言えば良かった。
 車は調布インターチェンジから中央自動車道に入り、北上している。車に乗ってからずっと同じ曲、というか呪文のようなものが流れている。
「さっきからかかってんの何ですか」
「修行促進CDです」
「時々入るこのアニメ声は」
「あ、教祖様です」
「女性なんですか?」
「百日紅院薫子様です。解脱なさる前は牛田亜矢子というアイドルでした」
「えっ。じゃあ近藤さん「ささやきの森」の……」
 近藤さんは前を見たままうなずいた。そうか、分かった。この顔、思い出した。
 あれはもう五年も前になるだろうか、当時は二流どころか三流ってかほとんど「自称」アイドルだった牛田に、とある音楽プロデューサーが目をつけ、曲を提供。その『ピンクマーブル・マジカルビーム』が大ヒットし、牛田は「タン」と愛称で呼ばれ、そのプロデューサーと結婚するという話だったが、間も無く破局。精神に異常をきたして芸能界から消えていった。
 とここまでは、よくある話だが、その後だ。牛田は事務所から解雇されて拒食症になり、六畳一間のボロアパートに引っ越して、ネットアイドルになろうと考えた。しかし痩せてボロボロのアイドルじゃ誰も見向きもしない。牛田はガリガリに細り、動く力も無くなって部屋で寝ていた時、「捨てられた人々を救ってあげなさい」と神の啓示を受けたという。それをブログで公表。協力者を求めたところに来たのが牛田の元ファンクラブ「牛っ娘ギューギュー」の会長、今、オレの横で運転している近藤さんだ。二人で「ささやきの森」というお悩み相談サイトをやってるうちに徐々にファンが増え、「ささやきの森」を宗教法人化。今や全国に六〇の支部、信徒数約二万という宗教団体になったと、以前雑誌の記事で読んだ事がある。
 ピンクマーブルの車は山梨県に入ったようだ。目を凝らして真っ暗な窓の外を眺め、山ナシなのに山ばっかりだなぁと、くだらないことを考えていた。
 延々とループ再生しているお経CD。CDに合わせてお経を唱える近藤さんの低く小さい声が眠気を誘う。
 いつの間にか寝てしまったようで、気付くと市街地になっている。いやむしろ死骸地か。舗装されているが道沿いの家屋はまばら、あっても明かりが点いてる民家はほとんど無い。相変わらずCDは回り、近藤さんはブツブツと唱和している。
「今何処らへん走ってるんですか」
ブツブツ……モゴモゴ……
「近藤さん、あのぉ、」
「んぁ、何? 修行が遅れるから話しかけないでくれるかな。もうすぐ着くから」
 突然起こされた子供みたいに不機嫌に応えると小声でお経を再開した。
 近藤さんが運転するピンクマーブルのワーゲンビートルはどんどん人里を離れ、笹や木が車道にはみ出してるような森へ入る。真っ暗闇の中、舗装が途切れた道を登っていくと、でこぼこ道はますます細くなり、車体は痙攣してるかのように揺れる。見通しの悪いカーブに差し掛かるとクラクションを鳴らしてこちらの存在を知らせ、分かれ道の度に近藤さんは右へ左へと迷う事無くハンドルを切り、山道をどんどん走った。
 唐突に道が途切れ、車は止まった。あたりは車高を越える草木が鬱蒼と茂り、人の気配は全く無い。
「ゴッシーさん降りて下さい」
「ここで?」
「ええ。現地まで歩きます。なに、一時間もかかりません」
「いや、でも、荷物が……」
「半分持ちます。これでも楽な方ですよ。信者の方々は北側の山麓からキャンプ道具背負って徒歩ですからね。我々は信者とは別ルート、南側の裏道を使って一気にここまで来たんです」
 後部座席からキャリーとレコードバッグを下ろし、バッグ二つは持ってもらう。
「じゃ、行きますか。付いて来て下さい」
 近藤さんは二メートル以上ある笹藪を両手でバサバサと掻き分けて歩を進める。少しでも離れると笹に視界を遮られ見失ってしまうため、はぐれないようピッタリ後ろに付く。しばらくすると笹藪を抜け、樹木が乱立する場所に出た。木々の合間を縫いシャクシャクと枯葉を踏みながら並んで歩く。確かに寒い。ダウンジャケット着てきて正解だ。
「今晩の流れを説明しますね」近藤さんはおもむろに口を開いた。
 それによると、現地に着いたらステージが設置されているので、その下というか中に、信者側から見えないように機材を持って入り、教祖が上がってくるのを待ち、彼女の合図でDJを始めて欲しいとの事だった。
「百日紅院様が大自然と共鳴し、体内から神秘的な音を発する。その超常現象で信者を帰依させ一気に修行を進める。その音をやって欲しいのです」
「ヤラセですか」
「いえ、違います。体内から音を発するというギミックが無くても、信者は帰依し修行は進むでしょう。しかし、より多くの人を救うには少し急がなくてはなりません。人生は短いのです。百人救えるのと十人しか救えないのとどちらが良いですか?」
「……でも、体内から音を出すのはヤラセですよね」
「ヤラセって言うから何か悪者のような印象を持つんですね。まぁプロテインみたいな物だと思って下さい、修行を手助けするための」
 まぁ、いいや。金が貰えれば。だんだん重くなってきたキャリーを右手左手と持ち替えながら歩いていると、遠くから微風に乗ってガヤガヤと音が流れて来た。
「あともう少しです。しかしLPって束になると結構重いですね」
 我々が声のする方へ近付くにつれて、ピンクマーブルのポンチョを着た人がポツリポツリと木の陰に立っているのが見えた。
「あの人達は?」
「出家信者で警備を担当してます。最近写真週刊誌とかが批判記事を載せるんで、こちらも防衛しないと」
 それから五分も歩いただろうか。
「ゴッシーさん、あれ見えますか」と近藤さんは腕を伸ばして遠くを指差した。
「え〜っと」鬱蒼と立ち並ぶ木々の奥へ目を凝らすとチラチラと薄ピンク色の長い屏風のような物が見える。
「ああ、あのピンクっぽい……」
「そうです、そうです。あれステージです。向こう側に今回参加した大勢の信者が薫子様を今か今かと待っています。で、あなたにはあの中に入ってDJしてもらいます」
 到着してみると、薄ピンクに見えていたのは白とピンクのマーブル模様だった。高さ二メートル、横幅十メートルぐらいか。真ん中にドアがあってその上にはこれまたピンクマーブルのミニソファがこちらに背中を向けて置いてある。少し離れた所には、これまたピンクマーブル模様の大きいテントが一つ建ち、周りを信者が固めている。たぶん中に元アイドルの百日紅院がいるんだろう。近藤さんがレコードバッグを下に置き、大きく手を振ると、一人の女性信者がこちらにやって来た。
「初めまして。サムルノピンクです。あ、俗名は吉田です」
「あ、どうも、DJゴッシーです。ピンクってかわいい名前ですね」
「出家した女性信者は末尾にピンクが、男性にはマーブルが付くんです」
「そうなんですか」
「それでは私がノートパソコンに録音しますので、急がせて悪いのですが準備して頂けますか」
「分かりました」
「すいません、その前に腕時計とケータイを出してもらえますか。瞑想修法には時間感覚が邪魔になりますから」
「え、でも、時計が無いと。どのくらいDJすればいいか……」
「ご安心あれ。薫子様が教えて下さいます」
「そうですか」と腕時計を外して渡す。
「ケータイは?」
「いやー、持って無いんですよね。今時珍しがられますけど」
 誰が渡すか。絶対コイツら怪しい。何かあったらどうすんだっての。ま、一応電源は切っとこう。
「そうですか。時計は会の終了後お返しします。では、準備の方を」
 ステージ下のドアを引いて開け、中に入る。
これは狭い。ケバブの屋台カーの半分くらいだろう。ほとんど身動きが取れない。左右の棚にレコードを置き、正面の棚にキャリーから取り出したハンディトラックス二台を並置する。コンセントから電源を取りたいが、今日は野外なので電池だ。この上にソファがあるんだなと仰げば天井にポツポツ穴が開いている。これで音が教祖の体から発してるように見せかけるんだ。
 セッティングを終え一旦外に出ると、いつの間にか横に椅子と簡易テーブルが設置され、吉田さんがノートパソコンをカチャカチャしている。
「吉田さん、こっちはOKです」
「こちらも録音準備できました。このコードをそちらのプレーヤーに接続して下さい」
「あの……教祖には会えないんですかね」
「信者でない方の視線を浴びるとれてしまいますので。申し訳御座いませんが」
「そーですか。あと、注意事項とか有ります?」
「特には有りません。深淵な雰囲気を壊さないようにして頂ければ。あと薫子様の合図が有った時はレコードを替えて下さい」
「合図って?」
「足音ドンがチェンジの合図です。瞑想会ですので基本、長回しで大丈夫です」
「わかりました」
 赤白コードの端を受け取り簡易DJルームに入ろうとドアノブに手をかけたオレに吉田さんが後ろから声を掛けた。
「あ、会が始まったら、音がドアから漏れるとまずいので、出来るだけ中にいて下さい。どうしても出たい時はドアは最小限に開いてサッとお願いします」
 中に入り、何からかけようかとレコードをパタパタしているとステージの上をこちらに歩いて来る足音、そしてどさっとソファに座る音が聞こえた。教祖登場だ。
 「今宵は『ささやきの森』主催、二年振りの瞑想修法会に集まってくれて有難う。寒いかもしれませんが、身体を寄せ合い、心を無にして悟りを目指しましょう」
 マイクが無いからだろう、大きな声で信者に話しているのがソファ真下のオレにも聞こえる。しかし教祖がアニメ声って良いな。男性信者多いんだろうな。今、何時なんだろう。ケータイの電源を入れる。11:30。結構な時間だ。
「私はこの二年の間に修行を進め、ついに自然とシンクロし、体内から共鳴音が響くようになりました。これから皆さんにその成果をお見せしましょう。これは私だから出来たというのでは有りません。皆さんにも出来るのです。もっともっと我が『ささやきの森』に寄進し、身辺を軽くし、修行を積めば、神秘の力が体内に宿るのです。さぁ一緒にがんばりましょう」
 ワーッと拍手が起こる。何が神秘の力だよ。
ヤラセじゃないか。
「それでは精神を統一します。皆さんも目を閉じて胡坐をかきましょう。雑念を捨てて自然を、森を五感で感じましょう。ピンクと白のマーブル模様で心を満たすのです」
 シーンと静まり返ったまま、時間が過ぎる。ターンテーブルを手でごしごし回したり、レコードをパタパタ見たりして暇を潰したが全然合図が無い。動き回れればいいんだが、立ちっ放しは辛い。とりあえずナチュラルアンビエント系LPを左のプレーヤーにセットし、ケータイを覗く。12:25。一時間経過か。充電残量が半分になってる。一旦切っておこう。しかし遅いな。瞑想したまま寝ちゃったんじゃないか。暑いし動き辛いのでダウンジャケットを脱ぐ。その時教祖が声を発した。
「来てます、来てます。自然のバイブレーションが私と共鳴しています」
 ドンッ。彼女の足音が天井から響いた。出番だ。ハンディトラックスのスイッチを入れると風のそよぐ音や鳥の鳴き声をフィールドレコーディングしたレコードが回り出す。ゆっくりとボリュームを上げていく。音は天井に抜けソファを通って教祖の体から鳴ってるように聞こえてるはずだ。信者のどよめきが壁越しに伝わってくる。
「みなさん、気が乱れています。静かに。ピンクマーブルに心を染めて下さい」
 ざわめきがスーッと引いていく。
「そうです。外界を皮膚で感じながら内的世界に耳を傾けるのです」
 静かにLPは回り続け、徐々にレコード針が中心に寄ってくる。そろそろA面が終わってしまうが足音は鳴らない。音を切らす訳には行かないので二台目のプレーヤーにフェードインするよう、棚に置いたLPから似た路線の物を探す。あ、これだ。存在意義の『光惚体感』。メンバーがお坊さんなんだよな、確か。環境音に鈴とか鐘の音が微妙にブレンドされてて良いんだ。右のプレーヤーにセットしボリュームをゆっくり上げると同時に左のプレーヤーの音量を下げてうまくつなげる。
「皆さん、今、私は瞑想レベルが一つ上がりました。分かりますか、体内音が変化したのが」
 やるじゃん、薫子ちゃん。
「身体の力は抜いたまま意識を開放するのです。あなたがたも間違いなくステップアップできます。さぁ心をピンクマーブルに!」
 鼻の詰まったようなアニメ声の彼女がアドリブで言った。
 しかしこのまま片面終わったらフェードインで別のLPに繋げるってだけだとちょっと暇だな。レコードチェンジそんなにしなくていいし。
 レコードを替えたら教祖がそれに合わせてしゃべるってパターンがしばらく続き、彼女の瞑想レベルとやらもずいぶん上がった頃だった。
「皆さん、今、私は更なる高みに達したようです。神の声が聞こえました。お前はもう体内音を自由に鳴らせるはずだと」
 これは来る。空いてるプレーヤーに一枚セットしボリュームは下げたまま回転させておく。
「それではやってみせましょう!」
 彼女は大きな声でそう言うと、ドンッと足を鳴らした。サッと右のボリュームを上げると同時に左のボリュームを下げる。上手く行った。かけ終わった左のLPを別のに替える。
「エネルギーが体内で渦巻いてます。ハイッ!」
 ドンッ。右プレーヤーの音量を下げ、サッと左のボリュームを上げる。右のレコードを外して新しいのをはめる。忙しい。
 ドンッ。まただ。右から左、左から右へと合図の度にプレーヤーを移動し、レコードを替えていく。袋に戻す時間が無い。かけ終えたら投げ散らかして次々と環境音系のLPやEPをセットしていく。
 レコードを替え、ガチャガチャとボリュームを上げ下げし、という事を二、三十回も繰り返しだろうか。合図の足音が止み、やっと薫子がこう言った。
「私の瞑想パワーを感じましたか?」
 信者のどよめきと拍手が聞こえる。
「皆さんも自由に体内音を変えられるようになります。さぁ、気を静めて。心と森に耳を澄ますのです」
 たぶん峠は越えたな。ふぅ。ちょっとトイレ休憩させてもらうか。音が外に漏れないように出るんだったよな。鳴っているLPがまだ半分程なのを確認して、サッと出た。
 「寒っ」しかし外の空気は新鮮だ。
 録音係の吉田さんがビックリしてノートパソコンから顔を上げた。
「ちょっとトイレに」
「仮設トイレはあちらです」と三十メートルぐらい先を指差した。木々に隠れるように建っている。早足で歩いてトイレに入った。
 やれやれと首をゴキゴキ回してズボンのチャックを下ろした時、足音が聞こえてきた。
「警備異常無いか」近藤さんの声だ。
「異常ありません」信者が答えている。
「下界から連れてきたあの男だが、我々の神聖な行為をヤラセと言った上に百万円寄こせだと」
「傲慢な奴」
「教祖様にお伝えしたら大層お怒りになって、一刻も早く肉体を捨てさせ、魂だけ救って上げよとの事だ」
「確かに。下界に戻しては災厄となりましょう。いつやりますか」
「瞑想会が終わり次第すぐ」
「警備の者を集めておきます」
 おいおい本当かよ。おしっこをしないままチャックを上げ、じっとする。二人の足音が遠ざかる。
 トイレから戻り、吉田さんに軽く会釈してDJルームにサッと入る。ターンテーブルを見るとLPが終わりそうだ。棚から急いで一枚取り出し、ゆっくりとフェードインでつなげる。アルバムはイタリア人アンビエンティストAlio Die「Under an Holy Ritual」だ。森林フィールドレコーディングと民族楽器が溶け合った音だし、訳せば「神聖礼拝ので」ってタイトルもピッタリだと思うな……って言ってる場合じゃない! 最後までいたら殺される。逃げなくては。しかし商売道具を全部置いてったら明日からDJできないし、特にマイナーなレコードは再入手が難しいんだよなぁ。困った。ああ、でもしょうがない。とりあえず空いているターンテーブルに、EPを数枚載せて蓋をし、ダウンジャケットを着てプレーヤーを腹に隠す。そうだ、電話して助けを呼ぼう。ケータイの電源を入れる。
「……」
 圏外かよ。外なのに。PHSのバカ。山にもアンテナ設置してくれっての。Alio DieのLPが終わるまで残り二十分くらいだろう。音が途切れたら異変に気付いて追ってくるはず。その間に何処まで山を降りられるか。
 ドアからサッと出る。入ったばかりなのに又出てきたと怪訝そうな表情の吉田さん。
「すいません。お腹壊しちゃったみたいで、もう一回トイレ行ってきます」と小声で伝える。
 吉田さんは黙ってうなずく。辺りを観察しながらトイレに向かい、信者のいない所でサッと森に入る。来た道に沿って戻りたいが、警備巡回してるようでピンクマーブルのポンチョが遠くまでポツポツと見え隠れしている。オレは腰をかがめ、気付かれないよう小走りで移動した。
 ポンチョ信者を迂回しながら三〇分ぐらいも山を降りただろうか。ようやく警備ゾーンを抜けたようだった。一休みしよう。腰を伸ばし大木にもたれ、腹からハンディトラックスプレーヤーを取り出す。急いでたからザッと抜いてきたけど、何を持ち帰れたかな。蓋を開ける。
「…………」
 どうでもいいのばっか。レア盤はほとんど置いてきちゃったな……。パタンと蓋を閉じ、山の方を振り返る。暗闇に浮かぶピンクポンチョの数がかなり増えてる。キレイだ。しかし数百メートル先まで来ている。ヤバイ。
 どうやら気付かれたようだな。かけてたレコードが終わって音が途切れ、出家信者が急いでトイレにオレを呼びに行ったが、もぬけの殻。逃げたと分かって捕獲作戦に乗り出した。そんなところだろう。急がなくては。
 プレーヤーを脇に抱え、駆け足で木々を縫うように走り、やっと背丈以上の笹が密集する藪まで辿り着いた。ここを抜ければ車の止めた場所のはずだ。ケータイを見ると、アンテナマークが点いたり消えたりしてる。つながるかもしれない。急いでマスターの電話番号を押す。
 トゥルルル……トゥルルル……トゥルルル……トゥルルル……トゥルルル……、ダメか。こんな時間じゃ起きないか。プツッ
「あ〜い、もしもしー」
 やった。マスターが眠そうな声で出た。口元に手を当て小声で話す。
「ゴッシーです。マスター、今こっちヤバイ事になってて、助けて下さい」
「ん〜、たすける〜って誰を〜」
「いや、だからオレですよ、オレ。ゴ・ショ・ガ・ワ・ラ。起きて下さい。殺されそうなんです」
「え? どうした」殺されると聞いて目が覚めたようだ。
「説明は後でします。とりあえず、警察呼んでもらえますか」
「警察はちょっと……。うちの商売は、ほら、音楽著作権料払ってないだろ。あんまり、そういうの関わりたくないんだよ。とりあえず車で迎えに行くから。場所どこ?」
「場所? えーっと……分かりません」
「分かりませんって。近くに何がある?」
 辺りを見回す。
「森と藪……。あ、そうそう、車で連れられて、高速で山梨に入ったの覚えてます」
「え、山梨? なんでそんな所まで。まぁいい。山梨方面に向かうわ。もっと詳しい場所分かったらまた電話ちょうだい」
「すいません。お願いします」
 電話を切って後ろを振り返る。ピンクマーブルのポンチョがわらわらと迫って来てる。でも藪を抜ければ後は道沿いに降るだけだ。と、二三歩踏み込んだ時、藪の向こうから雑談してるような声がかすかに聞こえた。これはヤバイ。山の下からも応援を呼んだな。オレを挟み撃ちにするつもりらしい。困った……。しょうがない。捕まって殺されるよりはマシだ。オレは最後の掛けに出た。

 その頃近藤は警備の信者達と山を降りていた。応援チームが向こう側から藪に入り半円形に隊列を組み始めている。ブルルルッブルルルッ近藤のケータイが鳴る。
「はいこちらダイバダッタマーブル。どうした」
「こちらテダコハマーブル。たぶん追い詰めました」
「間違いないか」
「ええ。藪の中で足音がしたので、近付いたんですが、今、音が止みました。我々に気付いたか、一休みでもしてるんでしょう」
「よし。こっちが藪の前に揃ったら、電話する。着信音を合図に一気に攻めてくれ。こちらに飛び出してきたら我々が捕獲する」
 電話を切り近藤は振り向いて伝えた。
「捕捉したぞ。藪の前まで急げ」
 小走りに降り、藪の前まで来ると近藤はポンチョ出家信者を整列させ、ケータイのボタンを押した。
 ズザザザザッ。
 テダコハマーブル・チームが笹薮を踏み倒して雪崩れ込んだ。
 近藤達は身構えたが、バッタ一匹飛び出さない。バサバサと笹を倒す音が止んだ。
「どうした」近藤が藪に入る。
「こんな物が……」
 テダコハが指差した地面には捨てられたシングルレコードとハンディトラックスが置いてあり、その上でカラカラとEPレコードが一枚回っている。
「あのDJのだ」
「でも、足音は確かにしましたよ」
 しゃがんだ近藤はレコードの中心付近で空回りしているトーンアームをレコードの中程に戻した。内蔵スピーカーから音が出る。
 ザッザッ、パキッ……ザザッ。
「え、こんなレコードって有るんですか。てっきり本物の足音だと……」
「やられたな。だが、これはシングル盤だから片面長くても五分。まだそんな遠くには行ってないはずだ。探せ!」

 藪に少し入ったあの時、オレはひらめいたんだ。ハンディトラックスを地面に置いて中に入ってたボーイスカウト・インフェルノ『camp in your room』をセットし――ずっと前にDJ派遣先のデブオタから貰った限定五部とかいうEPだ――藪からすぐ出て藪沿いに早足で移動し、二、三〇メートル離れた木に登って成り行きを窺っていた。あの足音しか入ってないEPが上手くあいつらを引き付けてくれる事を願いながらね。
 藪の中をバラバラに動き回っていたピンクポンチョが弧の字型に編成を組みながら徐々に幅を狭めて、レコードプレーヤーの方へ寄って行くのが見え、山からは近藤部隊も同じ方向に移動するのが見えた。
 警戒が手薄になった隙にオレは木から降りてスッと藪に入り、笹音を立てないよう抜き足差し足で歩いた。少しすると近藤の「探せ!」という声が聞こえ、バサバサと笹を揺らす音が大きくなった。あんなにバサバサやったらこっちの音も聞こえまい。オレは走って藪を抜けた。数十メートル横、木々の間からピンクマーブルの車が見える。あそこが昨日着いた場所だ。同じピンクマーブルの車が数台連なって停めてある。登って来た信者達のだ。ってことは新しい轍に沿って行けば迷わずに下山できるはず。
 少しずつだが空も明るくなってきた。日の出が近いようだ。車のあたりまで来てみると信者が一人立っているだけ。全員藪に入ったんだろう。藪が揺れバサバサと音が聞こえている。腰を屈めて車の後ろに回る。あとは気付かれないよう車輪の跡を辿って山を降るだけだ。とその時、

 ダダダン、ダダダン、ダダダダ・ダダ・ダダダン。ダダダン、ダダダン、ダダダダ・ダダ・ダダダン。

 ケツのポケットからゴジラのテーマが! 誰だ、こんな早朝に電話してくんの!
「いたぞ! こっちだ」
 さっきの信者がケータイで応援を呼びながら走ってくる。こんな状況で着信なんて……。オレは立ち上がり、ケツからゴジラのテーマを流したまま全速力で走った。

 必死の形相で逃げるオレを、昇り始めた太陽が正面から優しく照らしていた。

 お終い。

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グレイトなTシャツ
2009-06-07-Sun  CATEGORY:
『マコちゃん絵日記1』 うさくん
の限定版を買った。
090607-usa1.jpg
左の大きく口を開けてる子が主人公マコちゃん。漫画中、マコちゃんは親戚のしーちゃんからお下がりの服をいっぱい貰ってるが、どれもセンスがおかしい、という話になっていて、そのしーちゃんのTシャツをおまけにしてみました、ということです。

さっそく開ける。
090607-usa2.jpg

きた!かわいいです。
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背中はこちら(笑)。楽しいです。漫画も超お薦めなので、ゼヒ。
090607-usa4.jpg

うさくん

第一話立ち読み


話は全く変わるが、オレが通ってる国立にあるコーヒー豆屋さん「西の風」。注文するとその場で煎ってくれます。豆の値段も凄い良心的です。駅からちょっと遠いですが、散歩がてら行って見てはどうでしょう。地図など詳細はこちら。ホームページが無くて残念。
090607-nishi.jpg
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